◆ 誘拐 [02]

 国道一六号線を東京方面へとひた走る、黒いボディのハイエース。車内には、明らかに定員オーバーといえる人数のいかつい面々が、英斗を囲んでにやついた笑いを浮かべていた。後ろ手に縛られ、猿ぐつわを咬まされている英斗に覆い被さるように、ズボンとパンツを下ろした佐藤が小刻みに腰を押しつける。その度にタオルを押し込まれた英斗の口から、くぐもった声が漏れた。
 荷台の隅に、人間大のコントロールボックスが置かれ、スピーカーと連結している。スピーカーから流れてくるのは、優作の安堵の声。
『よし。<太陽にほえろ>も<遊戯>シリーズも無事だな。よかったぁ』
 優作の間抜けな声がスピーカーから響くたびに、車内は笑いの渦に巻き込まれる。
「たいしたヤツだな、おまえの男は。さらわれたおまえより、ビデオの心配をしてやがる。自分の男が、こんなことをされているとも知らずに……なっ」
 佐藤は英斗の奥深くまで、さらに強く腰を叩き付ける。激しい快感に英斗の身体が のけぞるが、英斗の頭の中はすっかり白けきっていた。
 こいつらは全員、工藤さんのことをわかっちゃいない。
 英斗にはわかっていた。優作がビデオの無事を確認しているだけではないことを。話をそっちにそらしたと言うことは、優作はすでに佐藤たちが仕掛けた隠しマイクの存在に気が付いている。だから、わざと秘蔵ビデオの無事を叫んでいるのだ。
 それよりも英斗が気になったのは、この車内のなかで唯一英斗に関心を示さない助手席の男である。ヤクザたちは「客人」とか「郭さん」とか言っていた。聞きかじった話をまとめると、どうも中国から来た客分らしい。
 明るい茶髪に染められた髪の毛は、かっちりとオールバックにセットされており、頬の肉は痩けてはいるが首は太い。サングラスをしていて表情は見えないが、太い一直線の眉毛が、精悍そうなイメージを醸し出している。優作ほどではないが背も高く、スーツのせいか痩せて見えるが体格は悪くはないはずである。身のこなしも軽やかで、無駄がない。
 これだけの数の男の中で、郭だけが<福>の壁掛けに気が付いていた。しかし、それを佐藤たちに言うでもなく、本物の宝石の捜索に手を貸すでもなく、ただヤクザたちを見守っていただけである。
 連れ去られる際、一度だけ英斗と目があった。サングラス越しではあったが、もの悲しい雰囲気で英斗を見ていたような気がする。だが、すぐにふいっと目をそらし、英斗に背中を向けて足早に先を歩いた。
 車内に入り、佐藤たちが英斗を犯している時も、興味なさそうにスウイッチブレードを弄んでいた。今もそうだ。まるでスウイッチブレードだけが、彼の仲間であるかのように。
 運転手が郭に訊ねる。
「郭さんは、ああいうのは興味ないんですか?」
「……没有(ないね)」
 運転手の日本語での問いかけに対し、中国語で答える。日本語は理解できるらしい。だが、日本語で答えないのは、話せないからなのか、話したくないからか。運転手のほうは中国語がわかるのか、素振りで理解したのか、興味がないと知ると肩をすくめて今度は後ろの席に声をかけた。
「若頭ァ。こっちは運転ばっかで、そっちのようすを見ることもできないんスよ。せめて声くらい聞かせてくださいよ」
「後だ。舌を噛まれて死なれたりしら、困るからな」
「ちぇっ」
 運転手がつまらなそうに舌打ちをする。
「もう少しでヤサに着くだろう? 着いたら、一番におまえにやらせてやるよ」
「へへっ。そりゃどうも……」
 運転手の表情が、打って変わってだらしなくにやつく。
 助手席では、郭が相変わらずスウイッチブレードをいじっていた。ふと、郭がミラー越しに英斗を見やる。男に犯され身悶えする英斗の姿が、サングラスの端に映る。再び顔を下ろしてブレードをいじり始めた。
 英斗の中で佐藤が達しようと、腰の動きが速くなったそのとき、
『こんばん……わっ!』
 スピーカーから大音量で優作の声が響きわたった。車内にいた全員が慌てふためく。英斗も郭も例外ではない。郭などは弄んでいたスウイッチブレードを取り落としている。佐藤のイチモツなど、英斗の中で急速に萎んでいた。英斗は急な優作の声に心臓の鼓動を早めながらも、この程度で萎えてしまう佐藤の度量の程度を知った。
 やはりたいした男じゃない。
 度肝を抜かれたハイエースの乗員の心中を知ってか知らずか、優作は飄々とした口調で話を続けた。
『えー。拝啓。白虎組のみなさん、お元気ですか? 捜し物が見つからず、残念でしたね。だからといって、腹いせにその場にいた留守番を連れていかないで欲しかったな。あんたたちとは上手くやっていきたかったのに、残念だ。連れていった奴に何かあったら、あんたらタダじゃ済まさないよ。つっても、こっちが言う前にもう何かしらしているとは思うけどね』
 話が進むにつれ、優作の声に迫力が増す。一瞬、ヤクザたちの顔色が変わり、固唾を飲む音が車内に響く。
 取り落としたスウイッチブレードを拾い上げ、再び弄び始めた郭の表情が凶悪に歪むが、誰一人気付いた者はない。憎悪と狂喜の入り交じった笑顔は、誰に見られることもなく、元の無表情に戻っていった。

『もし、そいつの死体が海に浮かんだり、山の中で腐っていたりしてみろ。おまえらには死に方を選ばせないからな。宝石はICPOを通してシンガポールに返す。万一オレが死んだとしても、そういう手はずは整っている。下手な考えをおこさないことを祈っているよ。そちらさんからの連絡を待つ。じゃあな』
 優作はそれだけ言うと、黄色い造花に仕込まれていた小型マイクのコードを引きちぎった。ボロボロに引き裂かれたソファーに深々と腰掛け、ひよこのぬいぐるみを強く抱き締める。ひよこは苦しそうにキュウと鳴いた。
 虚空を見つめる優作の瞳が、憎悪に輝く。



探偵物語

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