◆ 鎖の街 [06]

 小龍包に香酢をたっぷりふりかけ、口に運ぶ優作。
「日本にありながら、日本じゃない。でも、本土でもない。何処でもないこの小さな世界が、オレたちの故郷なんだ。どっちつかずの半端な街だからこそ、オレのような半端モノでも、この街は受け入れてくれる。一半一半も、この街なら珍しくないからな」
「工藤さん……?」
 静かな物言いの中に含まれていた優作の憂いを、英斗は見逃さなかった。孤高の精神の奥には、心に傷を持つ人間にしかわからないものがある。
「一半一半って……。工藤さんも中国の血が流れているんだ」
「"も"?」
 優作は箸を置くと、言葉に力を入れて訊ねる。
「死んだお袋も一半一半だった。といっても、お袋の父親が日本人だとしかわからない私生児だったから、事実はどうなのかわからないけどね」
「そうだったのか」
 英斗と同じく、自分に似ている何かを英斗から感じていた優作は、驚きながらも少し納得した様子だ。
「工藤さんが俺の戦い方を見て、八極拳だって当てていたけど、あれはお袋が親父に教えたやつを、俺たちが教えて貰ったんだ」
「なるほど。それでか」
 優作は感心すると同時に、死んだ英斗たちの母親が女性の身でありながら、何故八極拳を会得したのかも同時に気になった。だが、英斗に聞いたところで、彼の知るところではないだろう。
「お袋も、新宿なんかじゃなくて横浜に来ていれば、気楽だったかな」
「でも、東京へ出てきたおかげで、親父さんと出会っておまええらが生まれた。お袋さんは幸せだったかい?」
「わかんねえ。華奢なくせに、こんな出来損ない産むために身体悪くして、挙げ句に死んだ。そのくせ、お袋の顔思い出すときは、笑顔しか出てこないんだ」
「そうか」
 それだけ言うと、優作は自分の前に置いてある食器を山積みし、立ち上がる。食器を流しに置いて時計を見ると、10時半を過ぎていた。
「洗い物は俺がやっておくから、工藤さん着替えちゃいなよ」
「そうだな。じゃあ、後よろしく。ごっそさん」
 優作は英斗に向かって両手を合わせて礼を述べると、ソファーの上に投げっぱなしにしてあった黒のスーツを手に取り、着替えを始めた。赤のYシャツに黄色のネクタイをはめ、黒のスーツをはおると、壁に掛かっている鏡に向かってポーズなど決めてみる。自分でも惚れ惚れするほどかっこいい。襟足まで伸びてしまったクセの強い髪の毛を見て、この仕事が終わったら床屋に行こうと決めた。手に吹きかけた唾と手櫛で髪の毛を整え、黒のソフト帽を目深に被り、サングラスをかける。
「んー」
 サングラスが微妙に曲がっているのが気になり、ちょっと修正。
「よしっ」
 ぱりっとした格好になったのを鏡で確認すると、満足げに頷く。
「じゃあ、そろそろ行くわ。留守中、何があるかわからないから、戸締まりとか気をつけろよ。眠くなったら、勝手にベッド使っていいから」
 あれこれと英司に指示しながら、出入り口へと颯爽と歩く優作を、英斗がスーツの裾を引っ張って止める。
「何だよ。この期に及んで、まだ連れてけって言うつもりか?」
「いや、それはもういいんだけど……」
 顔を伏せて肩を震わす英斗を見て、最初は泣いているのかと思い、優作は優しく英斗の肩に手をあてたが、顔を上げた英斗の表情は、必死で笑いを堪えていた。
「た、頼むから、ズボンは履いてって!」




探偵物語

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