◆ 鎖の街 [04]

「……じゃあ、何か? 俺が英司に『愛している。抱いてくれ』とでも言えば、すべてが丸く収まるとでも、あんたはそう思っているのか?」
 今度は優作が黙り込む番だった。英斗の問いかけに特に何を答えるでもなく、煙草をくわえてライターで火をつけた。しかし、その様子は英斗と違って、どことなく落ち着いた雰囲気がある。
 そんな優作に対し、英斗は畳みかけるように言葉を吐き出す。
「言えると思ってんのか? そんなこと。英司は本当に何も知らないんだ……。何も……。だから……」
「なら尚更だ。言ってみろよ、英司に『抱かれたい』って。数多の男と寝てきたおまえだ。別に妊娠するわけでなし、近親相姦なんて禁忌は、もはやタブーじゃねえだろ。相思相愛になれば、それはそれでよし。嫌われたのなら、諦めるいい口実になるじゃねえか」
「それが……それができないから……っっ!」
 気が付けば、英斗は優作の胸倉を掴みあげ、詰め寄っていた。食いしばった歯の隙間から、血と歯ぎしりの音が漏れる。
「何も……何も知らないくせに……! あんたなんかに、俺の何がわかるっていうんだ!」
「ああ。わからないね。オレは、有馬英斗でも有馬英司でもない。工藤優作という赤の他人だ。だからこそ、おまえが本当は何を望んでいるのかを知りたいんだ」
「あんたに……関係ねえことだろ? 何でそんなことを……」
「惚れてるからだろ?」
 やや自嘲気味に吐き捨てるように呟く英斗に対し、優作は事も無げに言い放つ。
 最初、優作が何を言ったのか見当すらつかなかったが、息を整え落ち着いてくると、優作の言葉がすっと頭の中に入ってきたような気がした。
 惚れているから。
 確かに、そう言った。英斗を見つめる優作の真剣な眼差しが、さらに確実に物語る。それでも英斗は信じられないような気がして、震える声で優作に問いかけた。
「いま、何て……」
「惚れているって、そう言ったんだ。このオレが男相手にイカれちまうなんて、どうかしているとは思うが、正直なトコ事実なんだからしょうがない。三浦さんには悪いとは思うがね」
 英斗を見つめる真剣な眼差しには、かすかに暖かみが宿っている。優作の薄い唇が、苦笑で歪む。英斗の目頭が熱くなり、視界がぼやけて優作の顔すら見えない。
 気が付けば、英斗は優作の胸の中で泣いていた。心の中のわだかまりを吐き出すような大きな声で。そんな英斗を、優作は優しくそっと抱き締める。英斗が泣きやむまで、ずっと……
 大通りで輝いていた原色のネオンがひとつ、またひとつと消えてくると、事務所は白熱球の心細い光だけとなり二人を照らす。
 泣き疲れ目を腫らした英斗は、ベッドに横になっていた。頭の中は朦朧としているが、なぜか意識ははっきりしている。瞼が重く、目を開ける気力はない。
 事務所では、優作がどこかに電話をかけていた。外が静かになったので、部屋中に優作の野太い声がよく通る。
「もしもし、有馬さんのお宅ですか? 夜分遅くに申し訳有りません。私、ファミリーストア港南店の店長をしている譚と申しますが……いえいえ、こちらこそ。……はい、有馬くんはとても仕事熱心でよく働いてくれていまして。実はですね、有馬くんが仕事中に高熱を出して倒れまして……ええ。……いや、迷惑だなんてとんでもない。今ですね、ウチの女房が付き添って、救急病院に行ってまして……ええ、どうも過労から来る熱だということで。……いえ、それがですね、有馬くんが言うには、家にいてもゆっくり休めないからというので……いえ、点滴はしていますが、入院の必要はないということなんですよ。……はい。それでですね、もし、お宅さんさえよろしければ、しばらくウチで有馬くんを休ませてあげたいと思いまして……いやいや、そんな迷惑なんて……こちらこそ、有馬くんには夜遅くまで頑張ってもらっていますから……はい、はい。ええ。いえ、本当にウチは構いませんので……有馬くんの容体が落ち着いてきたら、こちらでお送りいたしますので、どうか心配なさらずに……はい、お伝えしておきます。それでは。……はい、失礼いたします。お休みなさい」
 長々話し込んだ後、優作は電話を切った。
 電話の相手は、英司か父親か。
 英斗は混濁した意識の中に、二人の顔を思い浮かべる。
 そこへ、電話を終えた優作がやってきて、ベッドの端に腰を下ろした。口には煙草をくわえている。
「おまえン家に泊まるって電話しておいたぞ。そんな状態じゃあ、ウチに帰る前に事故っちまう」
「……ありがと」
 疲れ切った声で、英斗が優作に礼を述べる。優作はニヤリと不敵な笑みをこぼすと、少々乱暴に英斗の頭を撫でた。
「思いっきり泣いたから、少しは落ち着いたか?」
「まったく、一世一代の不覚だよ。他人の前であんな泣き方するなんて……」
「いいじゃねえか。しかしアレだな。まさかと思ってはみたが、おまえが自我を失うほど愛している相手が、英司だったとはね」
「工藤さん、知ってて言ったんじゃあなかったの?」
「疑ってはいたけどね。確固たる証拠があったわけじゃなかったから、カマかけてみたんだ」
「なっ……」
 まんまと一杯食わされたと知って、英斗は怒りと驚きと悔しさの混じった複雑な気持ちになり、何て怒鳴っていいのかわからなくなった。優作の方はと言うと、したり顔で煙草をふかしたりしている。少なくとも、英斗自身がちっとも面白くない状況にあるのだけは、確かなようだ。




探偵物語

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