◆ 鎖の街 [01]

 日が暮れる少し前に、宝石の移し替え作業も終わり、玉砂利を詰め込まれたマスコット人形は、元のアルミ製鞄の中に詰め込まれた。宝石は優作があらかじめ用意した本革製のズタ袋の中に詰め込まれる。その様を、作業に明け暮れた3人の男たちは、指をくわえて見ているしかなかった。確かに、小さい宝石でも1個あれば、生活はがらりと変わるかもしれない。だが、待っているのは豪華で贅沢な生活ではなく、薄暗く寒い鉄格子の中での暮らしかもしれないのだ。
 スラム街の子供たちが観光客でも見るような視線が、優作に突き刺さる。
 それでも優作の、
「警察のお世話になりたければどーぞ」
 という皮肉に、臑に傷持つものたちは、ぐっと堪えるしかない。
 バイト料は一人頭一万円でた。たった数時間の仕事でこれだけ出るなら、充分だろう。
 早めの夕飯に、ピザを取る。優作のおごりだ。
 マサはLサイズピザを半分ほど平らげると、仕事に出かけた。優作たちもピザを食べ終わると、マサの家から出て行くが、ノリだけが今日はマサの家に泊まるからと残る。
 マンションの階段を下りながら、優作と英斗は肩を並べて歩く。
「工藤さん。帰りはどうするの?」
「一旦、事務所に戻らなきゃならん」
「足は?」
「来るときはマサのミニクーパーだったからな。上りの電車は混んでない時間だし、大丈夫だろ」
 優作はアルミの鞄を後生大事に抱え、そう呟く。
「……事務所まで送ろうか?」
「おまえがか?」
「迷惑かけてばっかだしね。足代わりくらいにはなるよ」
「タンデムシートに乗せることはあっても乗ったことはねえなあ。オレの場合は、バランスの問題もあるし」
「工藤さん、二輪免許も持っているの?」
「車もバイクも大型持ちです。そうだ。事務所に寄ってくれるっていうなら、オレが運転していってやるよ」
「ええっ? それじゃあ、何にもならないよ」
「いいじゃんか。久しぶりにスポーツタイプ2ストのじゃじゃ馬姐さんに、乗ってみたいなと思ってさ」
「そこまで言うなら……」
「サンキュー、英ちゃん。愛してるよ♪」
「よっく言うよ」
 手を胸の前で組み可愛い子ぶって喜ぶ優作に対し、英斗は吐き捨てるように言い放つ。
 優作は鞄を英斗に渡しRZにまたがると、早速エンジンを吹かした。高出力エンジンの振動に、優作は恍惚の表情を浮かべ感動している。
「おおー。これこれ。やっぱいいなぁ」
 ひたすら感動に打ち震える優作の頭に、英斗はノリが被っていたヘルメットを乗せると、自分もヘルメットを装着してタンデムシートに座り込む。鞄はマサに貰ったリュックの中に詰め英斗が背負うと、優作の腰に手を回して身体を密着させる。
「出していいよ」
「おまえがそう言うと、何故か卑猥に聞こえるから不思議だ」
「馬鹿言ってないで、早く出してよ」
「へいへい」
 優作は苦笑を洩らすと、クラッチを切ってアクセルを開け、エンジンの回転数があがったところで1速に踏み込むと同時にクラッチを繋ぎ、RZを疾走させた。
 久しぶりのバイクでしかも二人乗りだったから最初は手こずったが、慣れてくるとシフトの移動もなめらかで、古いバイクなのにノッキングを起こさない走りを見せる。悔しいが、英斗の運転より上手いのは認めなければならない。
 運転のうまさもさることながら、風を感じながら優作の広い背中にもたれかかる心地よさが、英斗の心を落ち着かせる。求めているのはこの背中ではないけれど、与えてくれる安らぎと心地よさは、似ているかもしれないと、英斗は思った。

 英斗のRZは中華街に入っていくつかの曲がり道をくねくねと走ると、古びた雑居ビルの手前で止まった。
「ここだここ。この3階にオレの事務所があるんだ」
「またずいぶん年季の入ったビルだねぇ」
「まあな。その分家賃安いからいいけどね。コーヒーでも飲んでくか?」
「うん」
 RZのシフトペダルをニュートラルに戻し、サイドスタンドを出すと、優作はRZのエンジンを止めた。先に下りた英斗にRZの鍵を渡して自分も下りる。久しぶりに二輪を運転した爽快感で、優作はご機嫌の様子だ。
「工藤さんも単車買えばいいのに」
「金があればね」
「今度の取り引きがうまくいけば、ドゥカティでもBMWでも買えるんじゃないの」
「そうだなあ。うまく行ったら、VMAXでも買うかな」
「本気?」
「冗談だよ」
 そんな話をしながら階段を昇っていると、工藤探偵事務所の名刺が貼ってあるだけの鉄製のドアが見えた。優作は鍵を取り出して事務所のドアを開けると、英斗を招き入れた。



探偵物語

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