一旦家に帰って私服に着替えると、英斗は久しぶりにRZのエンジンを吹かして横浜方面へとバイクを走らせた。途中、池袋に寄って鞄を取り出すついでに、コンビニに入って道路地図を手にとって、横浜までの道のりを頭の中に叩き込むと、地図を買わずに店を出た。荷台に鞄を厳重にくくりつけ、国道17号線を東京方面へと向かって走っていく。 途中渋滞とかもあったが、約2時間ほどで関内駅近くに着いた。 昼飯も食わずに走り通しだったのでお腹が空いてきたが、まずは優作に電話するのが先決だと思い、ウエストポーチから電話を取り出そうとしたその時、何者かが英斗の肩を叩いた。 「!!」 驚いて拳を振り上げつつ振り向いた英斗だったが、そこにいた人物を確認すると、慌てて手を引っ込める。 「な、なんだ。ノリさんかよ……。脅かさないでくださいよ」 「驚いたのはこっちよ。殴られるかと思ったわ」 そう言いつつ胸を手で押さえるノリの表情は、固まったままである。 悪いことをしてしまったと思った英斗は、バイクから降りてノリに向かって頭を下げて謝った。 「本当にごめんなさい、ノリさん」 「ううん。いいのよ……。ちょっとびっくりしただけだから。それより、ヒデちゃんも工藤クンに呼ばれてきたんでしょ?」 「じゃあ、ノリさんも?」 「それなら丁度よかった。アタシも乗っけていってくれる?」 「それは構わないけど、メットがないと……」 「ヘルメットならあるわ」 そう言ってノリが取り出したのは、いわゆるお碗型のヘルメットである。 ずいぶんと用意周到なので、英斗は思わず訝しげな表情を浮かべた。しかし、当のノリのほうは、それを気にした様子はまるでない。 「そうそう。工藤クンがね、事務所じゃなくて、直接ココに行って欲しいって。住所と地図を貰ったわ」 ノリが英斗に手渡したのは、一枚のメモ用紙だった。 それには、住所と関内からそこまでの簡単な地図が記されている。 「金沢区富岡って……工藤さんちじゃないの?」 「アタシの従弟のウチなのよ。そこじゃないとできない仕事があるからって」 「工藤さん、一体何をやらせるつもりなんだ?」 「さあ。アタシは一度事務所に行ったけど、詳しい話は教えて貰えなかったわ。ただ、ヒデちゃんがバイクで来るかもしれないから、ヘルメットを持って関内に行っててくれとしか聞いてないのよ」 ノリの話を聞いて、英斗は根岸線の高架線を見上げてため息をつく。おそらくは、優作が何を企んでいるかなど、誰も知らないのであろう。 相変わらずあの人は食えない男だな。 いくら考えていても埒があかないので、英斗は後部シートにくくりつけた鞄を外し、ノリに持っているように頼むとRZにまたがった。 「後ろに乗って」 「大丈夫かしら」 そう言って、ノリは恐る恐るRZの後部シートに尻を乗せる。英斗の背中と自分のお腹の間に鞄を挟み、しっかりと英斗の腰に腕を回す。 「じゃあ行くよ。しっかり掴まっててくださいね」 英斗はそう言うとヘルメットのシールドを下ろして、エンジンキーをONにする。キックスターターを何度か蹴りながらアクセルを開けると、2ストエンジンが咆哮をあげた。 「きゃっ」 ノリが小さな悲鳴をあげたが、走り出したRZのエンジン音にかき消され、英斗の耳には届かない。 富岡のマンションに英斗たちが着くと、優作とマサが出迎えてくれた。 クリーニングにでも出していたのか、久しぶりの三ツ釦スーツは糊が利いているようにしわが少ない。それでも、お気に入りのスーツが戻ってきたのが嬉しいらしく、温かい部屋の中にも拘わらず、優作はネクタイを外すどころかスーツも脱がない。 「急で悪かったな、ヒデ」 「まったくだよ。ガソリン代くらいは出してもらわないと、割に合わない」 「うまくいけば、バイト代も出すよ。鞄は?」 「ノリさんが持っててくれてる」 英斗は親指でノリが抱えている鞄を指し示した。優作は無言で頷き、ゆっくりと立ち上がるとノリに向かって手を伸ばし、無言で鞄を要求する。ノリもまた、威圧感のある迫力に押されてか、黙って優作に鞄を渡した。 優作が鞄のロックを解除し蓋を開けると、例のマスコット人形のてんこ盛りが出てきた。初めて中身を見るマサとノリは、ロコツに訝しげな顔をする。 「……何、コレ?」 「えー。それでは、これから行う仕事の内容の説明をいたしまーす」 皆の注目を集めるべく、優作は幼稚園の保父さんのように、パンパンと手を叩いた。そして、犬のマスコットを取り出すと、全員の前で中身をほじくり出す。 「何の変哲もない、ちっとも可愛くないマスコットですが、こうして中に手を突っ込むと……ほら」 と言って取り出したのは、大ぶりのエメラルドだった。 マサとノリは、短い羨望の声をあげる。事情を知っている英斗は、特に感想はない。 「く、工藤ちゃん! ま、まさか、このマスコットの中身、全部……」 「そうです。この中には、宝石が詰まっています。で、皆さんにやってもらいたい仕事は、この人形の中から宝石を取り出して、先程オレとマサがDIYショップで買ってきた園芸用の玉砂利を詰める作業をして欲しいわけです」 「あ、あ、あのさ、工藤クン。これ、出した中身の一部、貰ってもいいのかしら」 「暴力団と警察に追われてまで欲しいと思うなら、いくつでもお持ち帰りください」 控え目な口調で訊ねるノリに、優作は嘲笑を浮かべて答える。ヤバイものとはわかってはいても、おそらくは目の前に山と積まれている宝石の山に、触れることはできても自分のものにはできない悔しさが、ノリを打ちのめす。 「なお、扱うものがヤバイものである以上、指紋を付けるわけにもいきませんので、ビニール手袋も用意しました。作業中は必ず着用してください。他に質問がなければ、作業を始めてくださーい」 優作のかけ声を合図に、マスコットをぶちまけたテーブルを取り囲むと、皆一斉にマスコットの解体を始めた。 |