この手の裏ビデオにありがちな、クライマックスもへったくれもないブツ切れの終わりで、テレビから砂嵐が吹き荒れると、優作は停止ボタンを押して巻き戻しを始めた。 見終わったビデオを取り出しマサに突き返すと、優作は自分にティオペペを開けて、溜飲を下げるかのように、口の中に押し込む。 「もういいの?」 「できれば二度と見たくはないがね」 吐き捨てるように喋る優作に、マサは何も言わずに自分で冷蔵庫を開けて、ビールを取り出して栓を開けた。 「アタシも気分が悪くなっちゃった。ビールもらうわね」 「車だろ? 飲むなら今夜は泊まってけ。どうせ誰が来るわけでもない」 「そうさせてもらうわ」 マサはビールを二口ほど飲むと、口を離してビンをテーブルに置く。 「それにしても、カッちゃんはビデオ見たら工藤ちゃんが暴れるんじゃないかって心配していたけど、こう大人しいと別な意味で心配ね」 「はらわたは煮えくり返っているよ」 闇を見据える優作の瞳が、暗く冷たい光を放つ。殺意にも似たその輝きに、マサは背筋に冷たいものが走る感触に襲われる。そんな優作に、普段の冗談を言ったりおどけたりしている姿は、微塵も感じられない。 「ヒデを輪姦(まわ)した奴らの顔は、全員頭の中に叩き込んだ」 「相変わらずすごい集中力ね。でも、警察の世話になるような、無茶な真似だけはしないでよ」 「自信ねえなあ」 やや自嘲気味の笑みを浮かべて、優作が言い放つ。マサは深いため息をつくと、再びビールを飲み始める。 それからしばらくは、二人ともただアルコールをかっ喰らうだけで、一言も会話を交わさなかった。というより、痛いほどの静寂が恐くなったマサは、何か喋りたかったが何を喋っていいかわからないし、相手の優作は何を熟考しているのか目が据わったままだ。 マサはため息をひとつ洩らすと、優作を押しのけてベッドから毛布を持ち出し、ソファーに寝転がった。 「アタシ、もう寝るわ」 「ああ……」 気のない返事で優作が答える。 「気が高ぶっているからって、寝込みを襲わないでよ」 「何でオレが、おまえを襲わにゃならん」 「タオル一枚の裸男が何言ってんの。しかも、押っ立ててるし。工藤ちゃんのモノが立派だってーのはわかっているから、そんなに見せつけないで」 レイプの疑いを掛けられて憤慨していた優作だったが、マサが指摘するまで風呂上がりの格好だったというのも忘れていたし、ビデオのせいか優作のイチモツはそそり立ってタオルをまくり上げていた。 優作はあわてて股間を押さえつけ、こそこそとタンスに向かうとトランクスを履いた。パジャマ代わりのダークグレーのジャージを着て、家主の優作はのうのうとベッドに横たわる。 そのうちソファーでうずくまっているマサから寝息が聞こえてきたが、何度寝返りを打っても優作は寝付けなかった。いつまでも猛り狂う股間のせいなのか。 弟が優勝したときに見せた純粋な笑顔の高校生・英斗と、ビデオの中で大勢の男に犯されていた"ヒデ"。どちらも同じ人物であるのは、優作自身が一番よくわかっている。わかっているはずなのに、どうしても信じられなかった。男を惑わす魔性を含んだ瞳と、英司を見つめているときの優しい瞳は、まるで別人だ。 ふと、昼間脳裏に浮かんで消えた考えが、また頭の隅に浮かんできた。 あの温かい眼差しが、英司のためだけのものだとしたら…… 優作はベッドから半身を起こすと、煙草とライターを手にとって、煙草を一本取り出すと、口にくわえて火をつけた。 闇の中に吐き出された紫煙の中には、最後に肌を合わせた時の英斗の今にも泣きそうな顔と、誰かの名前を叫ぶ声。もしかしたら、あの時英斗が叫んだのは、英司の名前ではないだろうか。 そう考えれば、有馬英斗の一連の不可解な行動の源流が、何とはなしに見えてくる。 幼い頃から男に弄ばれ、人を根本的に信用できなくなっていた英斗にとって、心のよりどころは家族だけ。長距離トラックの運転手という仕事柄、父親はあまり家にはいない。母親が死んでからは、二人手を取り合って必死に生きてきたに違いない。 母親が死んで、多額の借金を返すために、父親は死にものぐるいで働いた。そんな父親の背中を見て育ってきた兄弟だからこそ、父親の助けになりたいと思っていたはずだ。しかし、父親の夢は自分が果たせなかった、空手の全国制覇。兄弟のどちらか、もしくは二人にその夢を託していたのだろう。だが、そんな父の期待を裏切るかのように、英斗は空手をやめてしまった。才能のある英司を裏から支えるために。 結果、英司は家族と、そして金融会社の社長の果たせなかった夢を背負って、歯を食いしばり表舞台で戦っている。優勝インタビューで笑顔を見せなかったのは、高校生の大会程度では通過点に過ぎないことがわかっていたからだ。 裏で英司と家庭を支えてきた英斗は、いつの頃からか密かに英司に恋心を寄せていた。しかし、男同士でましてや近親相姦などといった不埒な想いを、英司に告げることはできない。自分の身体が汚れきっていることが、さらに追い打ちをかける。諦めようとすればするほど、ほのかな恋心はいつしか身を焦がすような憎愛に変わっていった。 心の拠り所である家庭を守るため、英司への愛を忘れるため、英斗は年を偽り夜のハッテン場に立つようになる。 誰でもいいのだ。 金と身体を満たしてくれるのなら。 だが、代償としてその度に心は削られていく。心が、いや、自分の中のすべてが崩壊することを、英斗は望んでいるのだろうか。 優作は唇が焦げそうなほど深く煙草を吸い込むと、灰皿に吸い殻を押しつけて火を消した。 今の考えは、すべて優作の頭の中だけの推理でしかない。事実は違うのかもしれない。しかし、そういう流れだとしたら、つかみ所のない英斗の尻尾が掴めるような気がした。 考え事をしていたせいか、優作は余計に目が冴えてきた。ベッドから起きあがると靴を履いて事務所に向かい、チェアーに深々と腰を下ろすと、デスクに長い足を投げ出した。 |