試合の興奮さめやらぬまま、優作は事務所に帰ってくるなり冷蔵庫から青島(チンタオ)ビールを取り出し栓を開け、ラッパ飲みに飲み干すと、有馬英司のような回し蹴りを宙に向かって放つ。 それにしても、敵ながら英司は強かった。弟のこととはいえ、英斗が手放しに絶賛するだけのことはある。東京方面に向かって二本目のビールを手向けると、優作はまたビールを飲み始めた。 日付はとうに替わっており、優作はこのビールを飲んだら、シャワーを浴びて歯を磨いて寝ようと思った。 シャワーを浴びて素っ裸でバスルームから出てくると、鼻歌混じりの極楽気分で、ティオペペを開けて口に付けた。そのとき、こんな夜更けにもかかわらず、事務所のドアを忙しく叩く音がした。優作は不機嫌そうな顔をしてティオペペのビンをテーブルの上に置き、タオルを腰に巻いた格好をして、無粋な来客を迎えようとした。 一応チェーンを掛け、鍵を開けると、少しだけ開いたドアの隙間から、低い声で招かれざる客に文句を言う。 「本日の営業は終了しましたんですがね」 「違うわよ、工藤ちゃん。アタシだって」 見るとドアの向こうでは、マサが息を切らせて立っていた。普段、疲れることは嫌いだと言い放つマサが走るとは、なにやらよっぽど急ぎの用なのだろうか。 「夜中にごめんね。ちょっと……いい?」 「……待ってろ。チェーン外すから」 一旦、鉄製のドアを閉め、チェーンを外すと再びきしむドアを開けマサを招き入れると、またドアを閉めてチェーンと施錠を下ろす。 何やらただならぬ様子のマサに、優作も自然真顔になる。 後生大事に抱えているビニール袋の包みが、どうやら関係あるらしい。 「工藤ちゃん、あ、あのね……」 何か言いかけるマサの口に右手の人差し指をあて、同じように自分の口にも左手人差し指をあてる。カミソリのように鋭い眼で見つめられたマサは、ただ事ではない雰囲気を察し、黙ってその場に立ちすくんだ。 マサが落ち着いたのを確認すると、優作は突然事務所内の家捜しを始めた。 何事かと呆然と見守るマサをさておいて、優作はコンセントタップや植木鉢の中、はては電話の受話器を分解すると、次から次へと小さな機械が出てきた。 「な、なにコレ……?」 「おみやげ」 そう言い放つと、優作は捜し出した盗聴器をすべて踏みつけて壊す。その光景に、マサは何となく今の状況を飲み込んだ。 「と、盗聴器?」 「ああ。しばらく放っておこうと思ったんだけどね。オレたちのプライバシーな話まで、聞かせるわけにいかないから」 「そんな……。一体誰が?」 「さあな。咬竜会か白虎組か。はてまた警察かはわからんがね」 さりげなく暴力団と警察の名前が出てきたことに、マサはさらに度肝を抜かれた顔をする。 「警察って……工藤ちゃん、アンタ、何やらかしてんの?」 「それよりもマサ。こんな夜中に何用があって、ウチまで走って来たワケ?」 マサの質問を、さりげなくというより強引にスルーして、優作が訊ねた。気付け代わりに、先程飲もうとしたティオペペをマサに手渡す。車で来ているはずのマサだが、余程気が高ぶっていたのだろう。ティオペペを一気に飲むと、息を整えて優作にビニールの包みを突き出す。 「なにこれ?」 「ビデオよ」 「『陽炎座』か? 『ブラックレイン』のほうがいいんだけど」 「冗談言っている場合じゃないの! ほら、例の"ヒデ"とか言う子の……」 そこまで聞いて、優作の目の色が変わった。眉をつり上げ、口は怒りに曲げられている。優作の表情が真剣になったのを見計らって、マサは話を進めた。 「カッちゃんが、あちこちの人に聞いて捜し出してくれたの。ダビングだし、元画像が荒いから、あまりいい画面じゃないっていうけど」 「マサは見たのか?」 「ううん、まだ。でも、カッちゃんが、工藤ちゃんに見せるときは気をつけろって」 ノリがどういう気持ちでビデオを渡し、気をつけろと言ったのかはわからない。 ある意味で、これは英斗と逢うきっかけになったビデオだ。だが、その内容はといえば、英斗が大勢の男に強姦(レイプ)され、輪姦(まわ)されたというものだけに、優作はビデオを受け取るのをためらった。 マサは一旦ビデオを渡す手を引っ込めた。 「無理して見る必要はないのよ。ただ、本当にあったってことだけ、工藤ちゃんに伝えてくれればいいからって」 「……いや、見る。貸してくれ」 沈痛な表情を浮かべたまま、優作はビデオを手に取り、包装を解くとビデオデッキのセットをして、件のビデオを差し込む。 パソコンで入力されたチープなオープニングテロップが流れると、唐突に狂乱の宴は始まった。 革手錠をかけられたヒデが、男に頬を殴りつけられ床に倒れ込む。そこへ別の男がのしかかり、ヒデの服を引き裂いて白い肢体をあらわにすると、キスも愛撫も前戯もなく、いきなり男性部分を挿入され、ヒデは悲鳴に近い叫び声をあげる。 大きい音だったので、マサが慌ててテレビのボリュームを落とす。優作はただただ憎悪に輝く瞳で、食い入るようにビデオを見ていた。 尻の穴を突っつき回され、口には別の男の男根を食わえさせられるヒデの顔には、苦痛以外の表情はない。別の男の手が、ヒデの胸と乳首を乱暴に愛撫する。苦悶するヒデを、征服欲丸出しの笑みで舐め回す男の顔に、見覚えがあった。 最初の依頼人・高山である。画像は荒いが、間違いはない。 前後を犯していた男たちがほぼ同時に達すると、休む間も与えることなく、別の男たちがヒデの穴という穴に男根を差し込む。この頃にはすでに、ヒデも抵抗をやめ、従順に男たちを受け入れるが、快楽の恍惚の中で憎悪に燃えた瞳が、荒い画像のなかでもくっきりと光っていた。 輪姦が一通り終わると、今度はぐったりしたヒデの身体を起こし、荒縄で身体を縛り上げる。カメラは、大きく開かれたヒデの股間を、あますことなくじっくりと舐めるように撮影していた。 『どう……すか、みやも…さ…』 ノイズの走る耳障りな音から、何者かの声がした。 宮本という名前に聞き覚えがある。撮影が終わった後、怒りにまかせて英斗が潰したと言っていた男だ。画面に、それらしき男の画像がチラリと映る。いやらしい笑いを貼り付けた、決して好きにはなれそうもない顔だ。 『上々…次のシーン…行こ……』 言葉と同時に、カメラが主演男優に向かってパーンした。 口の端を噛みしめ、血がにじみ出そうになるまで、力を入れるほどの口惜しい気持ちでビデオに見入っていた優作の目に、何かが映った。 「ビデオ停めてくれ」 優作の言葉に、マサはビデオの停止ボタンを押そうとした。その手を優作が止める。 「いや、一時停止にしてくれ。ビデオのリモコンは……」 「これでしょ?」 マサは本体の方の一時停止ボタンを押すと、足下に転がっていたビデオのリモコンを優作に差し出す。優作はリモコンを受け取ると、少しずつ巻き戻し再生をして目的のシーンを探す。 何の変哲もないホテルの部屋が映っているところで、優作は画面を停めた。 「あった」 「え? なにが?」 「今度の騒ぎの元凶」 答えの意味がわからず首を傾げるマサを無視して、優作はビデオの画面に見入る。そこには、無造作に置かれた、あの銀色のアタッシュケースがあった。 一時停止を解除して続きを見るが、ヒデへの陵辱シーンが続くと、耐えきれなくなった優作はビデオを高速再生させる。 |