◆ 聖女が街にやってきた [02]

 優作は受話器を取り、電話に出た。
「はい。工藤優作探偵事務所」
『オレだ、わかるな?』
「どちらのオレさんですか?」
 ドスの利いた深みのある声に対し、優作は空っとぼけて応対する。当然、電話の相手はお冠だ。
『昼間、あれだけ痛い目に遭わせたってえのに、わかってねえらしいな。今まで女とデートとは、ずいぶんなめられたもんだ』
 その言葉に対して優作は返答はせず、煙草を取り出して火をつける。
『鞄はどうした』
 白虎組の佐藤は、声を一段と低くして、優作に問い詰めた。脅し口調も何処吹く風と言わんばかりに、優作はのほほんと煙草をふかす。
「現在、目下捜査中です」
『早くしろ! さっさと引き渡さないと、おまえもおまえの女もただじゃ済まさんぞ!』
「どうしたんです、慌てたりして。よっぽどあんたらの背後にいる、中国黒社会が恐いと見受けられますが?」
『う、うるせえ! いいか? 一日も早く鞄をよこさないと、本当にただじゃ済ませねえからな!』
 佐藤はそれだけ言い放つと、一方的に電話を切った。
 最後の優作の一言が核心を突いていたのだろう。余程慌てふためいていた様子だった。
 優作は受話器を下ろすと、部屋の暖房を点けて、カーテンを閉める。吸い終わった煙草をもみ消し、ジャージとワイシャツを脱いで上半身裸になると、せっせと歯磨きをはじめる。歯磨きをすませてベッドの上に身体を預け、大の字になって天井を見上げた。
 そのとき、バスタオルだけを身体に巻き付けた麻子がバスルームから出てきて、ベッドの端にちょこんと座る。

「電話は終わったの? 彼女かしら」
「いや、こわいおぢちゃん。昼間、ボクのことをいぢめたの」
 わざとらしく甘える素振りを見せて、優作は麻子の太股に顔を埋めた。
 麻子は可笑しくて仕方がないと言わんばかりに、くすくすと笑って優作の後頭部を撫でる。
「いて」
 腫れ上がった部分をさすられたことで、優作は頭の鈍い痛みを思い出した。
 言葉は短かったが、優作はかなり本気で痛がっているらしい。麻子は驚いて、手を離した。
「ごめんなさい。大丈夫?」
「もうだめ。死ぬ前にお願いが」
「なあに?」
 大げさに痛がる優作に、麻子は苦笑をもらしつつ、優作の"お願い"とやらを聞いてみる。
「麻子ちゃんの豊満な胸の間で息絶えたい」
「いいわよ。そのかわり、ちゃんと成仏してね」
 笑いの止まらぬ麻子をベッドの上に引き寄せ、優作は麻子の上にのしかかるとキスをして、優しく愛撫をしながらバスタオルをはずす。


探偵物語

<<back   top   next>>