◆ 夜の仮面 [02]

 優作と英斗は居酒屋でさんざん飲み食いした後、電車を乗り継ぎ鶯谷へと向かった。酒のせいか、満腹感のおかげか、二人ともかなり上機嫌ではあったが、食事中の会話が脳裏をよぎったのか、英斗の顔色がことのほか冴えない。
 たかが夜店で売るマスコットのために、暴力団が2件もからんでるとは思わなかったし、実際、屈強そうな優作が怪我を負わされるほどの暴行を受けなきゃならないものというのが、どうも納得いかない。
 それもそのはず。優作はマスコットの中身については、まだ英斗に伝えていない。それを確かめるためにも、誰も邪魔が入らないで、ふたりっきりになれる場所に移動する必要がある。
 鶯谷に着くと、二人は電車を降り、今度は優作も堂々と英斗といちゃつく。ぱっと見、女性にも見える英斗だから、こうして肩を組んで歩いていても、違和感はあまりない。英斗はずっと前から優作に張り付くようにしていたのだが、どこまで本気やら。
 二人はカップルを装い、鶯谷のホテル街に姿を消した。

 ホテルの部屋を取り、中にはいると、二人はベッドの上に座り込み、早速銀色のアタッシュケースを開ける。鍵は、以前英斗が壊していたので、すぐに開けることができた。
 出てきたのは英斗の言うとおり、親指大のマスコット人形。お世辞にもかわいいマスコットとは言い切れず、裁縫の雑さのせいで余計不気味に見える。頭部分と胴体部分に綿が詰めてあり、手足は紐がぶらさがっているだけだ。体のつくりはすべて一緒で、同じパーツで女の子から犬まで作っている。
「ね? 何の変哲もないマスコットでしょ?」
 マスコットを手にとって凝視している優作に、英斗はぼやくように言った。
「こんなもの、何で暴力団がご執心になるのか、俺は理解できないな」
 喋り続ける英斗をよそに、優作はマスコットをあれこれといじっている。無視されたような気分になって、英斗は不満そうに頬を膨らます。
「ねえ、工藤さん!」
「しっ!」
 大声で優作を呼ぶ英斗を制し、優作はマスコットの腹を何やら確かめるように、何度も揉んだ。英斗が顔をのぞき込むと、眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。
 優作は手に取っていたマスコットの腹部分の縫合に指をかけ、糸を引きちぎると、中に指をつっこんだ。
 何事かと思って、英斗は固唾を呑んで見守っている。
 優作が人形の腹の中から出したのは、小さな紙包みだった。さらに紙の包装を解くと、そこにはまばゆいばかりに輝く大きなダイヤモンドがあった。
 優作の手の中で無造作に転がるダイヤを見て、英斗は驚愕を隠せない。ただただ、呆けたように輝く宝石を見つめているだけだった。
「ヤクザ屋さんがご執心になる理由がわかったか?」
 優作の問いに、英斗は呆然としながらもこくりと頷く。
「でもなんで……」
「2週間前、シンガポールの宝石店が中国マフィアに襲われ、宝石が強奪された。宝石は警察機構の網をかいくぐって、日本の暴力団・咬竜会が販売ルートを託された」
「じゃ、じゃあ、まさかこれ……」
「おそらく盗品の一部だ。高山たちは上層部に取引をまかされたんだろうが、まさかいきずりの男娼に盗られるとはな」
 未だ驚きが拭えない英斗の傍らで、優作は愉快そうに喉を鳴らして笑う。
 優作はベッドに寝転がり、ダイヤを照明の光にすかしてのぞき込んだ。白熱球の淡い明かりを吸い込んだダイヤは、オレンジ色に輝きを発しいている。
 英斗もまた、優作の脇に寝転がると、優作に擦り寄って胸に手を滑り込ませた。
「で、どうしたらいいの? これ」
「おまえはどうしたい?」
「どうって……」
「警察に届けるもよし。こいつをちらつかせて、咬竜会と交渉するもよし。このままパクっても……っていうのは、あまりお奨めしないがな」
 優作の胸の鼓動を聞きながら、英斗は悩んでいた。仕返し半分、悪戯半分くらいの気持ちで盗んだ鞄が、とんでもない事態を巻き起こしてしまったのだ。正直言って、どうしたらいいのかなど、今の英斗には考えられない。
「シャワーあびてくる」
 優作の胸から離れて立ち上がると、英斗はバスルームに向かった。足取りは重く、小さな背中がさらに小さく見える。口では言わないが、落胆している様子が手に取るようにわかる。



探偵物語

<<back   top   next>>