優作が榊原といろいろな話をしているうちに、いつのまにか外は暗くなっていた。 応接間のドアが開き、受付嬢の女二人が私服に着替えて顔を出す。二人とも事務をしているときの印象の薄さはどこへやら、一転けばけばしい水商売風の化粧と身体のラインがよくわかる派手なスーツに身を包んでいる。 「じゃあ、社長。あたしたちこのまま出勤しますんで」 「おう。もうそんな時間か。店長たちによろしくな」 「はーい。じゃあ、失礼します」 「そちらのハンサムなお兄さんも、お話終わったらお店に来てね。待っているわ」 「?」 「バーイ」 女たちは愛想のいい笑顔を浮かべ、優作に投げキッスを送ると、会社を後にした。 「あの。彼女たちは……?」 「元はOLだったが、ウチで借りた借金が返せなくなってね。ウチの系列のソープで働いてもらっている。経理事務ができるということで、借金の減額を条件に事務仕事を頼んだ。若い連中が数字に弱くてね。正直助かっている」 榊原が苦笑混じりに若い連中を指さすと、取り巻き連中はバツが悪そうに苦笑いを浮かべている。 「さあ、おまえたちもそろそろ仕事の時間だ。気張って行けよ」 榊原はそう言うと、大きな手をパンパンと叩いて、たむろしていた全員を送り出した。この時間からの仕事というのは、おそらく恐喝まがいの取り立てのことだろう。それが彼らの仕事である以上、優作は口を出す気はない。 社内を静寂の帳が降りたとき、この部屋には優作と榊原の二人が残っていた。居づらくなった優作は、席を立つと、榊原に会釈をした。 「では、オレもそろそろおいとまします。本日はお忙しい中、貴重なお話ありがとうございました」 「もう行くのか。工藤の息子と呑みたいと思ったんだが」 「申し訳ない。8時から人と会う約束があって。いずれまたの機会に」 優作は時計の針を確かめた。6時を大分過ぎている。待ち合わせの時間には余裕はあるが、飲みに行くとなると微妙なところだ。 「お金は近日中にお返しにあがります」 「利息はないんだ。急がなくてもいい」 「借りを作るのはどうも……」 そう言って苦笑いをする優作の顔が、榊原にとって昔の裕次郎の姿を彷彿させた。やはり親子だ。ふとした仕草がよく似ている。 「それではまた」 「ああ」 優作が応接間のドアを閉めると、部屋にはとうとう榊原一人きりになった。大きなため息をひとつつくと、榊原は煙草をくわえて火をつけた。ため息とともに紫煙を吐き出したそのとき、突然ドアが開いて優作が戻ってきた。 「すいません、榊原さん。もうひとつお願いがあって戻ってきたんですが」 「な、なんだね」 あまりに突然だったので、さすがの榊原も動揺が隠せない。 動揺する榊原に、優作は物欲しそうな顔をして擦り寄った。 「あの娘たちの行っているソープの優待券、あったら欲しいんですが」 榊原から貰ったソープの優待券5枚に、優作は嬉しそうにキスをすると、後生大事に財布の中にしまい込む。上機嫌で階段を下りて、あと3段というとき、 「探偵さん! 頼みがある!」 三浦が大声で優作を呼び止めた上、ジャージの袖を引っ張ってきたので、優作は階段を下り損ね、あわてて飛び降りた。 脚を捻ることなく、なんとか着地に成功したが、すんでの所で怪我をするところだった。優作は三浦をぎっと睨み付けたが、三浦の方がかなりせっぱ詰まった顔をしている。 「何事ですか、三浦さん」 「さっきの英斗の話だが……絶対、あの商売やめさせてくれ!」 「そう言われましても……。大体、バイクを貸しているの、三浦さんでしょ」 「あれは、その……月いっぺん相手してもらうのを条件に、貸しているんだ」 「ははあ」 真っ赤になって答弁をする三浦の姿に、ヤクザ者とは思えない純愛で英斗と接している様子が、一瞬で理解できた。三浦は英斗に惚れている。いや、虜になっていると言った方が正しいかもしれない。 英斗が売春をするのを快くは思っていないが、英斗が望むならバイクの1台くらいどうってことはない。でも、足を手に入れた英斗は、その足で別の男に抱かれに行く。一方的に恋する男のことを、英斗は知っているのだろうか。 「オレ、あいつに言ったんだ。オレが借金返してやるから、オレの男になってくれって。でも、あいつはそういうのは嫌いだとかいって、断りやがった。今となってはそんなことはどうでもいいんだが、当時は悔しくて眠れないくらいだったよ」 三浦の悔しさが伝わってくるような、渾身の力説だった。いっそ、弁舌大会に出たらどうかと、優作はかなり本気で勧めようと思っていた。 「オレ、あいつが幸せになれるなら、オレ以外のヤツと付き合おうがなにしようが、別にいいと思っている。だが、売春をしていたって、決して幸せにはなれない。それだけはわかる。本当に頼むよ、探偵さん」 そう言って三浦は優作の手を握ると、何かを掴ませて夜の繁華街に走っていった。優作が手を広げてみると、そこには湿気てくしゃくしゃに握られた5千円札が一枚。よほど緊張していたのだろう。 優作は湿気てよれよれになった5千円札を伸ばして畳むと、ポケットの中に差し込んだ。 それにしても、今日はよく男に物事を頼まれる日である。 こうも男に囲まれていると、どうしても女の柔らかい肉体と甘い香りが恋しくなる。 優作は煙草を取り出し、ライターの火力を最大にして火をつけた。 |