◆ 野良犬の勲章 [07]

「ところで、優作くんは英斗と寝ているわけではないのに、どうしてあいつのことを調べているんだ?」
 今度は榊原が質問をする番だった。
 たった2枚でここまで教えてくれた榊原に感謝の意も込めて、「榊原さんだけにですよ」と念を押し、優作は事の経緯をすべて話した。優作の直感だったが、この男にはすべて話した方が後々のためになるような気がしたからだ。
 話がビデオのことに及ぶと、部屋にいた男たち全員が怒りを露わにした。特に三浦の反応が激しかったことで、優作のつまらない猜疑心は確信に変わってしまった。本当にわかりやすい男だ。
 だが、一番腹に据えかねているのは、榊原かもしれない。先程の饒舌がウソのように、話を聞いたきりずっと押し黙ったままだ。
「咬竜会の奴ら、勘弁ならねえ! もともとアイツらは卑屈で、意地汚くて、嫌な奴らばかりだ。この機会にあいつらを潰しちまおう!」
 いきがる三浦の雄叫びに、他の若い衆も同調して叫んだ。
 騒ぎ立てる若い衆をよそに、榊原は優作を見据えて低い声で尋ねてきた。
「この件で、おまえは一体何をするつもりなんだ?」
 優作は目を閉じて、頭の中でごちゃごちゃしているこれまでのことを整理した。
 そして、自分のなすべきことを自分に言い聞かせるように、ゆっくりと語る。
「高山の依頼はキャンセルだ。経費はかなりかかったけどな。ビデオを取り返すのも、すでに1000本売れたというから、ダビングされている可能性も考えるとすべて取り返すのは無理だ。だが、高山には一泡吹かせてやりたい」
「オレたちの手はいるか?」
 興奮気味に尋ねる三浦に、優作は首を横に振って答えた。
「例え別組織とはいえ、国際警察まで動いている今、藤川組が動くのはまずい。ここはオレに任せて貰えないかな」
「そうだな。探偵さんに任せるとしよう」
 やけにあっさりと榊原が同意した。
「そのかわり、英斗に万が一危害が及ぶことがあったら、あいつの保護を頼みます。まさか警察に頼めないからな」
「いいだろう」
「本当なら手付けを渡したいところだけど、生憎事務所が張られていて戻れないから、持ち合わせがない」
「金なら貸すぜ」
 そう言って榊原がニヤリと笑う。
「少し待っていてくれれば、他の金融会社で借りてくるけど」
 優作はウインクをして、少しおどけた口調でそう言った。榊原はまたニヤリと笑うと、何も言わずに立ち上がり、一番大きいデスクに行くと、ズタ袋から一万円札を何枚か取り出し、戻ってきた。
「10万円ある。これを使え」
「利息が払えない」
「利息は身体で返して貰う。だから、英斗を頼む」
 榊原が重い口調で言った「頼む」という言葉。若い連中も、この親分が頭を下げて頼むと言う姿は、初めてみたのだろう。しかも相手は、箸にも棒にもかからないような私立探偵だ。全員が驚くのも無理はない。言われた当人だって、驚いているのだから。
「頭を上げてください、榊原さん。頼んでいるのはこっちです。変な話であなた方を巻き込むつもりはなかったのですが……」
「ここにいる人間は、みんな有馬の家族が好きなんだ。それに、英司に夢を託しているのは、父親と兄だけではない」
 そこまで言うと、榊原はふうっと重いため息をついた。そのため息に、榊原の心を垣間見た気がする。榊原はそれ以上言わなかったし、優作もそれ以上詮索しない。
 重苦しい雰囲気が流れる中、優作はノリに言われたもうひとつの依頼を思い出した。
「実はですね。英斗に関しては、もうひとつ依頼がありまして」
「どんな?」
 その場にいた全員が、一斉に聞いてきた。さすがの優作も、少し腰が引けたみたいだ。
「そちらさんにとっては損害になるかもしれませんが、英斗に売春をやめさせるようにと頼まれましてね」
「誰が?」
「売春仲間です。その人、かなり本気で"ヒデ"の身を案じてましてね。若いんだから、やり直しは効くって泣いて懇願してきました」
 優作の話に、榊原は腕を組んで、何やら難しそうな顔をして考え込んでいる。
 しばらくして、榊原は顔を上げると、優作に向き直った。
「できると思うかね」
「わかりません」
 どっちつかずの優作の返事に、榊原は眉をしかめる。
「英斗が借金返済のためだけに売春をしているなら、それも可能です。しかし、売春の目的は、何か別の処にあるような気がして」
「なるほど」
 榊原の口調にも表情にも、取り立てて感情というものが見えなかった。察するに、英斗の売春の理由は借金以外の根深いところにもあるのではないかと、優作は思ったが、今のところは推測でしかない。 


探偵物語

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