◆野良犬の勲章 [06]

 今度は別の女がお茶のお代わりを持ってくると、本題とばかりに榊原は身を乗り出してきた。
「それで、工藤裕次郎の息子が、ウチに何の用で来たんだ?」
「優作でいいですよ。幾つかお聞きしたいことがあったんですよ」
「ウチは善良なローン会社だ。探偵に調べられるようなことは、していないつもりだが?」
「内務調査に来て探偵だ、なんて名乗るバカはいないでしょ」
 優作がそう言うと、お互いに吹き出して笑い始めた。
「腹のさぐり合いはやめよう。"ヒデ"のことなんだな」
 優作はこくりと頷いた。優作を睨む三浦の顔が、一層厳しくなる。
「その"ヒデ"こと英斗くんについて知りたいことがあります。できる範囲で構いませんから、教えて貰えないでしょうか」
「ウチは顧客情報の無料販売はしていないが」
 その言葉は、暗に金を要求しているニュアンスが含まれていることを、優作は言葉端で理解した。時代劇の悪徳商人になったつもりで、優作はジャージの内側に忍ばせていた厚手の茶封筒を取り出すと、テーブルの真ん中に置いてニヤリと笑う。榊原も同じような顔をすると、封を開けて中身を確かめる。
「開業したてということで、そのくらいでご勘弁をしていただけないですかね」
「構わないよ。こっちはキミの誠意が見たかっただけだ」
 榊原はそう言って再び封をすると、封筒を懐の中にしまい込んだ。
「しかし、優作くんはよく英斗の名前を知っていたな」
「本人に教えて貰いました」
「英斗がか。あいつは客には絶対名前を教えないはずだが」
「結局、寝たわけじゃないですからね」
 優作の言葉に、三浦が安堵の表情を浮かべたのを、優作は視界の端で確認した。どうやらこの三浦という男、英斗に惚れているフシがあるらしい。端から見ていて、とてもわかりやすい男だ。
 そんなことを心の隅で考えながら、優作は改めて榊原に向き直りメモを取り出す。
「それで榊原さん。まずは、あなたとどのような知り合いなのか、教えて貰えませんか?」
「そこまでは調べはついていないのかい、探偵さん」
「英斗の父親がこちらで借金をした、という話だけは、聞いたのですがね。もう少し詳しいお話をお聞きしたい」
「あいつの父親が借金をしたのは、母親の手術代だというのは知っているか?」
「ええ。何でも難しい病気だったらしいじゃないですか」
「その甲斐もなく、母親は死んだ。残ったのは、多額の負債と二人の息子。父親は自分自身が身内の作った借金のせいで、夢を断念せざるを得なかった。息子たちに夢を託していた矢先に、これだ。しかし、父親はどうしても息子たちに託した夢を守りたかった」
「美しい親子愛ですね」
 皮肉混じりに優作は言い放つ。その手のお涙頂戴話は、どうも苦手だ。
「まあ、私もこういう話は嫌いだが、まずこれを話さないことには、どうしようもなくてな」
 苦笑混じりに榊原も優作に同意する。
「そんな矢先にまた事件が起こった。当時まだ小学生だった英斗が、男たちにレイプされた」
 優作は眉毛をピクリとつりあげた。表面は平静を装ってはいるが、真顔でいるところをみると、腹の中は決して穏やかというわけではないらしい。
 榊原は相変わらず淡々と話を続ける。
「犯人の中に警視庁のお偉いさんの息子がいてね。事件はないものとされた。その後も、金と権力をちらつかせて、英斗をモノにしていった」
 部屋の中に流れるピリピリした雰囲気は、この部屋にいる全員の憎悪だった。おそらくは話をしている榊原自身も、腑が煮えくり返る思いをしているに違いない。
「そのとき英斗は思ったんだ。自分の身体が金になるってね。だが、父親にも弟にも言うわけにはいかない。あいつは独断で空手をやめ、金次第で大人相手に身体を開くようになった」
「ちょっと待ってください。やっていたのは、空手なんですか?」
 話の途中で変な質問をしてくる優作に、榊原は怪訝そうな表情をしながらも頷いた。まるでそれがどうしたとでも言わんばかりの顔だ。
 優作はそこで空手に関する質問を打ち切ることにしたが、新たな謎が脳裏に残った。あの夜、英斗が見せたのは、空手ではなく八極拳だった。一時は跡取りとして修行を受けていた優作が、見間違えるはずはない。
 しかし、今はそんな問題はどうでもいい。
 優作は話の続きに耳を傾けた。
「稼いだ金がある程度貯まると、父親と弟には内緒にしてくれといってウチに持ってきた。それまで利息すら返せるかどうかだったのが、今では元金割れしている。もっとも、中学、高校は普通のアルバイトも兼用していたがな」
 そこまで言うと、榊原は胸ポケットから煙草を取り出し、口にくわえた。優作は持っていたライターの火をつけて、榊原に差し出した。榊原が煙草の煙を吐き出すと、優作もまた煙草を取り出し吸い始めた。
「英斗の弟は、昔から空手の才能があってな。大会があるたびに、いつも優秀な成績を修めていて、中学一年からは無敗続きだ」
 弟の武勇伝を聞いて、優作は思い当たるフシがあった。
「話の途中ですいませんが、英斗の弟って、もしかして有馬英司では……」
「その通り。よく知っているな。本当は二人とも高校に行く気はなかったのだが、高校中退の大変さは父親が身をもって知っている。がむしゃらに働いて、何とか二人を高校に送り込んだ。英斗は、英司に空手を続けさせてやりたくて、学校が引けるとアルバイト三昧。先生に見つからないように夜中のバイトは学区外でやっていると偽って、身体を売っている。まあ、そういう事情だ

 肝心なところはメモを取りつつ、優作は頷いて見せた。
「バイクは三浦さんのということですが」
「あれは、オレが昔乗っていたバイクだ。あいつは買うっていっていたが、持っていると何かと諸経費かかるから、名義はオレのままで貸してある。おかげで、ナンバープレートから英斗にたどり着けるヤツはいねえ」
 そう言って、三浦が自慢げに口を挟む。
 調子に乗って話す三浦に榊原が一瞥をくれると、三浦はしゅんとなって大人しく引っ込んだ。


探偵物語

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