◆ 野良犬の勲章 [05]

 ヤクザたちの頭数は5,6人といったところ。大きく円陣を組んで、優作の退路を断っている。だが、逆にこの状況を楽しんでいる優作の不敵な笑顔に、荒事専門の男たちは少し当惑気味だ。
 白とグレーのストライプ柄をしたスーツを着込んだ伊達男が、他の男たちを手で制し、一歩優作に歩み寄った。この男だけは、優作が放つ独特の雰囲気に呑まれていない。優作はニヤリと笑うと、男に向かって尋ねた。
「あんたが三浦さんかい?」
「オレは、見知らぬ男とは約束を交わさない主義だ」
「いい心がけだ」
「誰だ、てめえは」
「工藤裕次郎」
 優作は父親の名前を、この場で名乗った。偽名を使うというつもりはない。刑事である裕次郎の名前を聞いて、ここにいる人間がどんな反応をするのか、見てみたかったのだ。
 そして案の定、三浦の顔に狼狽の色が走ったが、すぐに不敵な笑顔を浮かべて優作に詰め寄った。
「ウソつけ。あのおっさんの名前を語りたかったら、もう少し揉まれてくるんだな。それとも、今ココで、オレたちが教えてやろうか?」
「やっぱりおっさんと知り合いか。あのクソ親父、一言も言わなかったけどな」
 優作も薄笑いを浮かべて、三浦を見下ろした。その顔を見て、三浦は不覚にも背筋に悪寒が走ってしまった。相手は若い男だが、持っている雰囲気は、確かに工藤裕次郎と同じものを感じる。
 何者だ、こいつ。
 拳を握る三浦の手は、じっとりと汗で濡れていた。
 複数の痛い視線に囲まれながらも、優作は飄々とした態度を崩さない。一触即発で猛る男たちを手で制し、なるべく友好そうな態度をとって話をする。
「オレは話を聞きに来ただけだ。三浦さんの黒いRZについてね」
 バイクの話をふられたヤクザたちは、一瞬お互いの顔を見合わせたが、さらに敵意を増した形相をして、皆一斉に優作に詰め寄った。あまりにわかりやすい対応を示してくれたので、優作は少し驚いた。どうやらこのヤクザたち、現在のバイクの持ち主のことをよく知っているらしい。素振りからもそう伺える。それにしても、どういう関係なのかが、優作はとても気になった。だが、当のヤクザたちは、そんな話をしてくれそうな雰囲気は更々なさそうだ。
 三浦がスーツの内ポケットに手を入れて、優作に詰め寄る。
「てめえ、あいつの何なんだ?」
「あいつって?」
 優作が空とぼけて言うと、三浦は顔を真っ赤にして激昂した。
「てめっ……!」
 三浦は内ポケットから匕首(あいくち)を取り出すと、優作めがけて突進した。
 受付嬢たちはすでにカウンター奥に退避しているが、今まで何度も荒事に遭遇していても、やはり恐いのだろう。つんざくような女の悲鳴が響く。
 しかし、三浦の
匕首は優作に届かなかった。三浦が 匕首を持って突進してきたところを、優作は匕首めがけて目にも止まらぬ早さで蹴り上げたのだ。蹴り上げられた 匕首は、とすっと軽い音を立て天井に刺さった。
 招かれざる客が三浦の匕首で血塗れになるのを期待していた他の連中は、右手を押さえてうずくまる三浦と、天井の 匕首、ジャージのポケットに手を入れたままのほほんと立っている優作とを見回した。何があったのかはわからない。しかし、兄貴分の三浦が、背の高いサングラス男に何かされたのは事実だ。
「野郎っ」
 三浦の兄貴の敵とばかりに、他のヤクザたちは次々と優作に襲いかかる。
 正当防衛とはいえ、手荒な真似をしてしまった優作は、これ以上手荒な真似はできないとばかりに避けに徹した。ポケットに手を入れながら、身体をずらしたり、時に足払いを喰らわせたりとしていたが、優作の方から拳や脚をふるうことはなかった。
 何度も言うが、優作は話を聞きに来ただけで、暴力沙汰を起こす気はない。もっとも、争い事を期待していたのは事実だが。
 ポケットに手を入れることで、戦う意志がない事を示しているつもりだが、逆に余裕をかましているように見られ、ヤクザたちは更に激昂していた。そのうち、上半身裸で腹巻きをしている昔風任侠ヤクザが、拳銃を取り出して優作に向けた。
 さすがに拳銃はやばいと思った優作は、床を蹴って飛び上がると、腹巻きヤクザの拳銃に踵を落として蹴り落とす。拳銃が床に落ちる音と同時に、この場にいたヤクザたちは、全員拳銃を手に取り、優作に銃口を向けた。
 いくらなんでも、こんなたくさんの銃口から逃げるのは、優作でも至難の業だ。だが、優作は決してあの不敵な笑みを崩さない。
 拳銃を持って取り囲むヤクザと優作がにらみ合っているとき、突如ドアが開いて別の男が入ってきた。
 背丈は優作と変わらないが、肩幅と胸囲が勝っているせいで、ひとまわり大きく見える。オールバックの黒い髪、震え上がりそうなほど冷たい氷のような目、ぎゅっと一文字にしぼられた口、左目の下から顎にかけて一筋の古い刀傷。どれをとっても、この場にいるヤクザたちとはひと味もふた味も違う雰囲気をかもしだしている。本物のヤクザの登場に、一同水を打ったように、しんと静まり返った。
 優作もまた、この男が放つ重苦しい雰囲気に呑まれたのか、ポケットの中の手が湿気を帯びていた。


探偵物語

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