東海道線を品川で降り、優作は時間を確認した。時計は1時を回っている。優作の腹の虫も昼過ぎを告げた。立ち食いソバ屋で月見そばの食券を買ってカウンターに出す。あっという間に出されたソバに大量の七味をぶち込み、すすり上げる。最初にすすりあげたソバを飲み込んだとき、優作の携帯電話が鳴った。 「[口畏]?」 優作はわざと広東語で電話口に出た。 この番号を知っているのは、今のところ陳老人と父親の裕次郎。もしかしたら、着信履歴を見た英斗も知っているかもしれない。 前者二人はともかく、もし英斗だとしたら、あの青年はどんなリアクションをしてくれるのか。そんな子供じみた興味もあった。 『食事中か、優作? 豪勢だな』 残念ながら、電話の相手は裕次郎だった。優作は心の中で舌打ちをする。 「立ち食いの月見そばでよければ、おごるよ。ネギと七味は入れ放題だ」 話をしながらも、優作はあつあつの月見そばをすすり上げる。 電話の向こうで、例の豪快な笑い声が聞こえる。電話を放しても聞こえるほどの大声だ。優作は顔をしかめて、話を続けた。 「で、何の用なんだ? まさか息子に立ち食いソバをたかりに、電話入れたわけでもないだろ?」 『まあ、そのうちおごってもらうよ。黒いRZの持ち主の身元が割れた』 「ちょっと待って」 優作は携帯電話を耳と肩の間に挟むと、ポケットから手帳とペンを取り出す。 「いいぞ」 『名前は三浦洋介。33歳。埼玉県さいたま市在住……』 裕次郎は事細かに住所を述べる。事務報告のように淡々と述べているつもりなのだろうが、何かを言いたそうなうずうずした口調を、どうしても押さえることができないらしい。 言いたくてたまらない父親に変わって、優作が尋ねてやった。 「どうした? 何か面白いことでもあったのか?」 『あったさ。この三浦が勤めている街金融、藤川組の傘下だ』 「なにそれ?」 『蜷川会系の暴力団だ。咬竜会も蜷川会系列だ。おまえが巧く立ち回ってくれれば、奴らの内情がそこからわかる』 「はあ」 優作の返事は少し曖昧だった。蜷川会などどうでもいい。問題は、英斗の駆るRZの所持者が英斗ではないということ。なぜ、英斗が暴力団系列の街金融に勤めている男名義のバイクを乗り回して、夜な夜な男夜鷹をやっているのか。 「わかった。で、その街金融の名前と場所は?」 『西川口の駅近くにある<サラリーローン 瑞祥>だ。県警の知り合いに聞いたところ、ボスが元計理士だか会計士だとかで、法律をやたら熟知している。悪どいことをやっているようだが、すべて法律の網をくぐっていて、なかなか踏み込む隙を見せないらしい。かなりの切れ者だそうだ。せいぜい気をつけろよ』 「そうさせてもらうよ。ところで、念を押すようだけど、本当にRZの持ち主はその男なんだろうな」 『間違いない。交通課の若い娘に調べてもらったんだから。おかげで、今日はデートだ』 困惑したように言っているつもりでも、鼻の下を伸ばしてデレデレしている裕次郎の顔は容易に想像できた。優作は深いため息を洩らして、呟いた。 「またそんなことしてらあ。久美にバレてもオレは知らねえぞ」 『そっ、それだけはっ! どうか内密にってことで……』 国際的に活躍する敏腕刑事も、娘には弱いらしい。電話の向こうで慌てふためく様子が手に取るようにわかる。 「じゃあ、チクらないってことが情報料ということで」 『仕方がない。久美に怒られるよりマシだ』 それだけ言うと、二人は同時に電話を切った。 |