野良犬の勲章 [02]

 5回ほどのコール音の後に、電話から豪快な中年男性の声が応える。
『はい』
「親父か? さっきの今で悪いんだけど」
『何だ、優作か。知らない電話番号だったから、てっきりやばい電話かと思った』
「陳大老にもらった。不便だから使えって」
『あの人にも迷惑かけるなあ。今度お礼しなきゃならんな。で、何か用か?』
 電話の相手は父親の裕次郎である。携帯嫌いの息子が、半ば押しつけられたとはいえ、携帯電話を持ってくれたのは、とても嬉しかった。心から陳老人に感謝する裕次郎である。
 そんな裕次郎の心中などどうでもいいとばかりに、優作は手短に用件を述べた。
「依頼とは別件で調べて欲しいことができたけど、頼めるか?」
『まあ、できることだったら』
「あるバイクの所持者と住所が知りたい。黒のYAMAHA RZ250。練馬ナンバーで番号は……」
 優作は手帳にメモしてあった英斗のバイクのナンバーを裕次郎に告げた。電話向こうでも、バイクの車種とナンバーを控えているらしい。
『わかった。調べて見る。で、このバイクがどうしたんだ?』
 裕次郎が詮索の首をもたげて優作に尋ねる。
「昨日マサの車借りてドライブしてたら、ひっかけてきたバカがいてさ。マサに怒られた上に板金代請求された。悔しいからそいつんとこ押し掛けてやろうかと思ったわけよ」
「ほう」
 裕次郎は感嘆とも呆れたともつかないため息のような返事をした。
 おそらくは何気なく言った優作の嘘に、気が付いているのかもしれない。だが、裕次郎は優作の話を否定するでもなく、重ねて了承の意志を伝えた。
『まあ、そういうことにしといてやろう。調べて判明したら、その電話に入れるわ』
「……よろしく」
 優作はそう言って電話を切ったが、内心では裕次郎にRZの所持者を洗わせたのは、失敗だったかも、と後悔していた。だが、警察関係のコネで一番強力なのが裕次郎であることと、練馬の陸運局へ行って調べている時間があるかどうか怪しいため、この場は危険な賭けにでるしかない。
 8時間もあるし何とかなるかもしれないが、尾行者がついている可能性がないとは言い切れないのだ。知らない奴らと距離を置いてのデートをする気はない。
 優作は携帯電話をジャージのポケットにしまいサングラスをかけ直すと、緑の窓口でイオカードを買い、改札を通った。

 根岸線の青い電車はそこそこ空いてはいたが、優作はドアの側に立って車外を見ていた。これまでに優作を尾行(つけ)ている輩は、まだ確認できない。やはり服が替わると印象が変わるのか、それとも尾行てくる相手が巧すぎるのか。
 ドアが閉まり、根岸・京浜東北線の上り電車が走り出す。車窓のけしきはゆっくりと、そして徐々に早く変化していく。
 優作は頭を動かすことなく、サングラス越しに周囲を見回した。
 服のセンスは若作りすぎかもしれないが、背が高く絆創膏だらけの顔をした優作は、いやでも人目を引いてしまう。女子高生の集団らしい4,5人の固まりが、こちらを見てキャーキャーと何やら騒いでいる。
 女子高生たちに構うことなく、優作は大きなあくびをひとつして、さらに周囲の様子を窺うが、影なき追跡者の姿は確認できない。
 もしかして、本当にいないのか?
 安堵の気分と残念な気分が入り交じって、優作は口の端に苦笑を浮かべた。
 やがて電車は横浜駅に到着。発車のベルが鳴り響き、駅員が出発の合図の笛を吹く。電車のドアが閉まりかけた瞬間、優作はドアに身体を滑り込ませるようにして、電車から降りた。
 尾行を撒くための念のための策だったが、どうやら取り越し苦労だったらしい。
 しかし、追跡者の影がないと確認できたのは、何よりだった。ヤクザ屋にも警察にも英斗の存在を知られるわけにはいかない。
 駅の階段を下りて東海道線のホームに走る。乗り換えの時間は30秒とないのだ。急がねばならない。東京行きの電車が発車するベルが鳴り響く中、優作は長い足を大股にしてオレンジとグリーンのストライプになっている電車に飛び乗る。




探偵物語

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