優作の手当を終えた
林師啓が、優作が脱いだスーツを持って再び退出する。 Yシャツ、ネクタイ、トランクスといったあられもない格好で、優作は陳老人と対峙していたが、お互いそんなことなどまったく気に留めていない。 「優作。おまえ携帯電話は持たないのか?」 「前は一応持っていたんだけどねぇ。何だか使っているとムカムカしてきて、壊しちまってからはもういいやと思って。それ以来買ってない」 「おまえのような仕事をしている人間は、持っていてもらわないと客が困るだろ」 「そうかなぁ」 優作は頬杖をついて、少し唸る。 「現に、裕次郎から私に何度も電話があったぞ。おまえに用があるのに、連絡が取れないってぼやいておったわ」 「親父が?」 陳大老の言葉に、優作は露骨に嫌そうにして、顔をしかめた。 「あいつ、今、シンガポールじゃなかったっけ?」 「ダイヤの闇取引についての情報をよこしたのは、裕次郎だ。それで今日本に来ている」 「なんだってぇ!?」 優作は大声で叫ぶと、床を蹴って立ち上がった。 丁度その時、陳大老の側に置いてあった電話が、着信を告げる。 「ちょっと待ってろ。……はい。……ああ、丁度おまえさんの話をしていたところだ。……いや、今ここにおるよ。……わかっておるよ。今変わる」 陳老人は受話器を優作に差し出すと、取るように促した。 「裕次郎だ。噂をすれば、というやつだな」 「んー」 迷惑そうな顔をしつつも、優作は陳老人から受話器を受け取って応対する。 「なんだ。生きてたのかよ」 『相変わらずご挨拶だなぁ』 「ラオスあたりで変死体で出てくるの、楽しみにしてたのに」 優作がそうやって悪態をつくと、電話口から豪快な笑い声が響いてきた。 『悪態のつきかたも変わってないな。どうだ、新しい仕事は?』 「ボチボチでんなぁ」 『どうでもいいけど優作、携帯持っていてくれよ。さっきから事務所に何度電話しても出ないから、大老に迷惑かけっぱなしだ』 「パパ買ってくれるのォ?」 女子中高生がおねだりするようにかわいこぶってみせると、電話の向こうで砂吐いている様子が手に取るように分かり、優作はしてやったりとほくそ笑んだ。 『死ね』 「冗談はさておいて、何の用なんだ?」 『大老から、シンガポールの宝石店が襲われたという話は聞いていると思うが』 「やだ」 裕次郎の話が終わらないうちに、優作はどきっぱりと拒否した。 当然、電話の向こうの裕次郎は、あわてふためいて怒鳴る。 『まだ何も言ってないぞ!』 「あんたがそんな話を持ってくるときは、ロクでもない目に遭うことが多いんだよ。もしかして、またマルボロ1カートンで麻薬組織に潜入捜査しろとか言うんじゃねえだろうな?」 『わかってるって。おまえ、今キャメルだっけ?』 「いっぺん死ぬか?」 優作の言葉には、微塵のジョークもない。電話口からも伝わってくるような激しい殺意がにじみ出ている。 『冗談だよ。学生時分と違って生業にしているんだから、ちゃんと報酬くらい出す』 「頼むよ、ほんとに。こちとら生活かかってんだから」 会話に疲れた優作は、とりあえず煙草でも吸って落ち着こうと思ったが、Yシャツのポケットにはライターしか入っていなかった。そういえば、山下公園で暴行を受けた後、起こしてくれたホームレスにあげたのが全部だったんだと気付いたが、もう遅い。 父親との会話と煙草のないイライラを、いつまで我慢できるだろうか。 |