◆ 危険を買う男 [03]

 一応尋問を終えた優作は、ヒデを縛っていたネクタイをほどいてやった。
 赤く痕になってしまった手首を、ヒデはほぐすようにさすると、乱れたバスローブをきちんと着直した。誘うつもりはもうない。
 優作は煙草を取り出し口にくわえて火をつけると、紫煙を吐き出した。
「俺にも煙草めぐんでくれよ」
 ヒデがそう言って手を伸ばしてきたので、優作は箱を揺すって出てきた一本を差し出す。優作はライターを点火してヒデに差し出したが、ヒデは優作に顔を近づけると、優作の吸っている煙草から火の粉を吸い上げて煙を吐く。
「縛られた分は、しっかりいただくからな」
 憮然としてそう言い放つヒデに、優作は苦笑を浮かべて頷いてみせた。
「わかってるって。ほら」
 そう言って手渡された金を見て、ヒデは目を丸くして驚いた。尋問の時に見せ金として出した10万円全部を、優作はよこしたのだ。
 さすがのヒデも、これはさすがに悪いような気がして、差し出された金を押し返す。
「いくらなんでも、こんなに貰えないよ。3万もあればいいって」
「じゃあ、7万は情報料として受け取ってくれ。他にも聞きたいことあるし」
「……答えられる範囲なら」

 ヒデはしばらく考えてからそう言うと、10万円を受け取る。

「例のビデオ事件、詳しく聞かせてくれないか?」
「些細なことさ。宮本って名乗る男がやってきて、撮りたいから5万円でどうかって聞いてきたんだ。俺は料金の説明をしてやって、その場では一応折り合いはついたんだ。だけど、いざホテルに入ったら6、7人くらい相手がいてね。話が違うってことで帰ろうとしたんだが、逃げらんなくて。結局縛られた挙げ句に輪姦されて、渡された金は3万円」
「そりゃひでえ話だな」
 自分のコトのように、優作は憤慨した。その怒りに同調するように、ヒデは眉間に皺を寄せて頷く。
「だろ? 頭来たから、宮本ってヤツを含めた3人ほどを使いモノにならなくしてやったよ。で、代金代わりに貰っていったのが、あんたが気にしていた鞄だ」
「なるほどね。しかし、奴ら素人ホモビデオなんて撮って何する気だったんだ。まさか自家用じゃあるまい」
「売るとかって話を聞いたぜ。ネットを使って1本2万で販売するつもりらしい。1000人からの予約が来てるとか」
「なんか手口が暴力団臭いな。鞄の中身も、どうやらただのマスコットってえわけじゃないんだろうなあ」
 煙草をもみ消しながら思案する優作に、ヒデは少し驚いたような顔をしてみた。
「工藤さんも知らなかったのか?」
「オレが受けた依頼は、おまえさんの居場所をつきとめて鞄を取り返せってことだけだ。それしか聞いてない」
「工藤さん……ほんとにあんた一体、何者だよ」
「開業したての私立探偵。名刺、いる?」
 そう言うと、優作は財布から名刺を取り出し、ヒデに手渡した。
 貰った名刺を手にとってよく見ると、<工藤優作探偵事務所 工藤優作>と確かに書かれている。
「横浜市中区山下町……。横浜の人なんだ」
「生まれは違うけどね」
「それにしても、工藤優作って名前、ホントに本名だったんだ」
「親父が松田優作の大ファンでね。オレもかなり影響受けて育ったからな」
「ふうん」
「オレは最初から本名を名乗ってんだ。おまえの名前くらい聞かせてくれ」
 ヒデはしばらくためらいがちに頭を垂れていたが、やがて目線を床に落としたまま、静かに呟いた。
「英斗……」
「えいと?」
「英語の英に北斗の斗で英斗。今は名字は勘弁してくれ。誰にも本名言ったことはないんだ。だから……」
「わかってるよ。誰にも言わない」
 そう言って答える優作の目を見れば、彼が嘘をついておらず、しかも必ず約束を守ってくれるだろうことがよくわかる。
 ヒデ……英斗は安心したかのように、ふっと微笑を洩らした。
「鞄は俺が管理する。何かあったら、携帯に電話して。番号はさっき教えただろ」
「わかった」
「工藤さんも携帯持っていてくれると、助かるんだけど」
「考えておくよ」
 優作は苦笑を浮かべて頷いた。

 結局その日、二人は寝床をともにすることなく、3時過ぎに英斗は用事があるからと休むことなく帰っていった。宿泊料金がもったいないと思った優作は、そのままホテルで朝まで寝入っていた。



探偵物語

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