床の一万円札が4枚になった頃、優作は最後の質問をした。 「一週間ほど前にトラブルがありましたよね。その際、あなたが奪ったという鞄はどこにやりましたか」 この質問に、ヒデは眉を寄せて訝しげな顔をした。そのすぐ後で、ヒデはあの妖艶な笑みを浮かべて優作を見つめる。 「なんだ。あんた、あのケチの変態野郎どもの仲間だったのか」 「はあ?」 今度は優作が訝しげな顔をする番だった。何のコトやらわからないといった面持ちで、ヒデを見つめ返す。 そんな優作の顔つきがあまりに真に迫っていたので、ヒデはもしかしたら自分の見当違いなのかもと思った。 しばらく二人の間に沈黙が流れたが、優作が何か思い当たったフシがあったらしく、ぽんと手を叩いた。 「そっか。例のビデオか。あれ、やっぱり奴らなんだ」 ひとり納得する優作を、ヒデは怪訝に思った。 そして、改めて優作が何者なのかという不安を抱える。 少なくとも、公安関係ではなさそうだし、だからといってヒデに恨みを持つ人間でもその仲間でもなさそうだ。 でも、だったら一体……? 「工藤さん……。あんた、本当に何者なんだ?」 「キミの返答次第では、奴らの肩を持つかもしれないし、無条件でヒデくんのことを守る。もう一度聞く。鞄は何処だ?」 ヒデは少し考えてから、いままでとは打って変わった冷静な口調で答えた。 「鞄自体は新宿駅のコインロッカー。鍵は持ってきていない。確か学……」 そこまで喋ってしまった自分にヒデは驚いて、唾とともに言葉を飲み込む。しかし、優作がヒデの不用意な発言を聞き逃すわけがない。 「ガク? 学校って言おうとしたのか?」 「言ってないよ!」 ムキになって否定してみたものの、自分がムキになればなるほど肯定しているようなものだと思い直し、ヒデは諦めたように深いため息をつく。 「やっぱりおまえ、学生か。24なんてやっぱり嘘だろ。それとも浪人生だと言うつもりか?」 呆れたように尋ねる優作に、ヒデは内心ほっとした。だが、これ以上ボロが出るとまずいので、表情には出さない。 「まあ、年齢の質問はさっきしたから、今更問い詰めないよ。それより、鞄のことだが、おまえ中身確かめたか?」 「一応。金目のものがあったら、売っ払おうと思ったけど、小ぶりのマスコット人形がたくさん入っていただけ。でも、あいつらが後生大事に持っていた鞄だから、そのうち接触してきたら、ふっかけてやろうと思って」 顔に見合わず向こう見ずな発言をするヒデに、優作は呆れてものが言えない。 いくら荒事に慣れているとはいえ、万が一相手がヤバイ奴らだとしたら、どうするつもりなんだ。 優作は深いため息をひとつつくと、ヒデの前に足を運んだ。そして優作は、自分の顔をヒデの顔の至近距離まで寄せた。 「いい加減にしろよ、てめえ」 氷のように冷たい瞳と声だった。優作の低い声にさらにドスを利かせると、さすがのヒデも背筋に寒いものを感じてしまう。 「自分が奴らに散々酷い目に遭わされたんだろうが。それを何だ? そんな脅迫まがいの取引が成立するとでも思ってんのか?」 優作の放つ独特の重圧感に、ヒデは思わず固唾を飲み込む。 かつてヤクザを相手にしたときも、こんな恐い思いをしたことはなかったのに。 ヒデは何にも言えなかった。完全に迫力負けしてしまったのだ。 うなだれるヒデの頭を、優作はちょっと乱暴に撫で回す。 「まあ、あれだよな。ビデオの件については聞いている。おまえばかりを悪者にするわけにいかないだろう。交渉したいってえのなら、間にはいってもいいぜ」 「……金ないよ、俺」 「おまえ相手に金なんか貰えないよ。とりあえず、鞄はおまえが持っていろ。時々、場所を変えるんだ。鍵は決して持ち歩くな」 優作の命令に近い忠告に、ヒデは黙ってこくりと頷いた。 |