裏街の男 [04]

「あ、ずりい!」
 ヒデの逃走の何がずるいのかは優作にしかわからないが、言うが早いか優作の方も巨躯を生かした前方向宙返りでヒデに追いつき、行く手を塞いだ。
「少しはオレの話も聞け」
 困惑する優作に対し、嫌悪を抱いた眼で睨み付けるヒデ。
 ヒデはそれほど身長の高い方ではないが、それでも170cm以上はある。しかし、行く手を遮るぬりかべのような男は、反則のようにでかい。体格だけでなく体術も劣ってるかもしれないヒデに、万が一の勝ち目はあるのだろうか。
 勝てなくてもいい。隙を見て、何とか逃げ出さないと。
 だが、相手もさるもので隙がうかがえない。構えを取っている素振りは見せないが、かいくぐる隙が見えないのだ。かつて対峙した相手で、こんなにやりにくい相手は初めてである。
 しかし、いつまでも睨み合いを続けているわけにはいかない。
 隙がないなら、作るまで!
 ヒデはかっと目を見開くと、一閃優作に飛びかかった。
 鼻先を狙った突きは見事に受け止められた。だが、これはヒデがあらかじめ予想していたことである。本命は下から突き上げる肘の方だ。優作の下顎にうまくヒットすれば、脳を揺らすくらいのことはできるはず。
 しかし、死角からの攻撃も、優作はあっさりと受け止めてしまった。
「!!」
 渾身の攻撃を、いとも簡単に受けられてしまったヒデは、さすがに狼狽の表情を浮かべた。
 ヒデの攻撃を受け止めた優作は、そのまま後ろに倒れ込みがてら、ヒデの拳から手首に掴みかえる。背中が床に着くと同時に、ヒデの両脇から足を絡めつけ、そのまま締めあげた。
「だぶるあーむろーっく」
 こともなげに言い放つ優作だったが、脇から顔までを強烈に締めあげられているヒデのほうはたまったものではない。しかも、両腕も脇もしっかり固められているので、逃げようがないのだ。
「離せよ、馬鹿力!」
「オレは話を聞きたいだけなの」
「話すことなんか、ねえ!」
 窮地に陥ってもまだ啖呵を切るヒデに、優作はちょっとしたお仕置きもかねて締める足にもう少しだけ力を込める。
「いででででででっ」
 色気もクソもない悲鳴をあげて、ヒデが痛がる。おそらくこんなヒデの姿は、誰も見たことがないだろう。
 対する優作の方は、余裕のせいかずいぶんと軽いノリで喋りだす。
「お話してくれたら、離してあげてもいいんだけどなぁ」
「誰が……っ」
「あっそ」
 まだつっぱらかるのを止めないヒデに対し、優作は一瞬だけ戒めをゆるめてから、さらに強く締めた。
「いってー! わ、わかった、わかった! 言う! 言うから離せ!」
「ホント?」
 喜色を交えて優作が再確認の質問をする。
 苦痛に顔を歪めたまま、致し方がないと言わんばかりに、ヒデはこくこくと頷いて見せた。
「おーし、約束したからな」
 そう言うと、優作はダブルアームロックを解いてヒデを解放した。
「さってと。何から話を聞こうかな♪」
 すっかり得意満面になった優作は、ヒデのインタビューをしっかりと録音すべく、隠していたレコーダーをスーツから取りだす。ヒデに背中を向けていたそのとき、優作に一瞬の隙が生じ、ヒデがそれを見逃すはずがなかった。
「話すことなんか……ねえよっ!」
 ヒデは目を細めて光らせると、隙だらけの優作の脇腹を思いっきり蹴り込む。
 突然の攻撃に、さすがの優作も苦悶の表情を浮かべてバランスを崩す。その瞬間に、ヒデは再び走り去ろうとしたが、優作は低くかがむと独楽のように足を回転させ、ヒデの足を引っかけて倒した。
「ったく。油断も隙もねえな、このガキ」
「誰がガキだよ!」
 倒れたヒデの腕を後ろにねじ上げ、優作は呆れたようなため息をついた。


探偵物語

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