「お待たせ」 無造作にバスローブを羽織り、タオルで髪の毛を拭きながら、ヒデが戻ってきた。 バスローブの紐はしっかりと結んであるのに、やたらに胸元がはだけているのは、わざとなのだろうか。 ちらりと見える白い足の付け根がまた何とも言えない。 それにしても、仕草がいちいち艶っぽい。 ああ、そうか。 優作は突如気付いた。自分が何故ここまでヒデにときめいてしまっていたのかを。 女なら、モロに好みのタイプなのだ。女だったら。 ヒデを女だと思えば、自分のペースに持っていくことができる。優作はそう考えた。 実は、優作が惚れそうになるほどヒデの虜になっていた理由はまだ他にあるが、優作自身まだそれに気付いていない。 「飲むか?」 優作は開けていないほうのビールをヒデに見せる。 「うん」 ヒデが頷いてみせると、優作は缶ビールを投げて渡した。 プルタブを上げ、炭酸が抜けていく音が部屋中に響く。ヒデは缶ビールを口に付けると、のどを鳴らして飲んだ。 「ぷはっ!」 うまそうにビールをあおるヒデの顔は、まるで子供だ。 ビール缶を片手に優作の横に座るヒデに、優作は肩に手を回し、息を吹きかけるように耳元で囁いた。 「おまえ、本名は?」 「名前なんてどうでもいいじゃないか。工藤さんだって、とても本名とは思えないし」 「でも、ベッドで愛を囁くとき、名前を知らないと困る」 「だからヒデでいいって」 「本当の名前が知りたい」 優作はヒデの首筋に顔を埋めて再度尋ねる。 首筋にあたる熱い吐息を感じながら、ヒデは口許を歪めて笑った。 「あんた、何者だい?」 「ただの馬鹿者さ」 「警察か興信所ってトコか? 何で俺を調べている」 はだけられてるバスローブの中に入れていた優作の手が、一瞬止まる。 「どうしてそう思う?」 「あんたが生粋のノン気だからさ。そんな男が、男を買おうなんて思う理由はただひとつ。俺に近づくためだ」 「へえ……」 首筋と鎖骨の辺りに舌を這わせながら、優作は感嘆のため息を洩らす。口許に不敵な微笑を浮かべて。 そしてヒデもまた、同じような笑みを浮かべていた。 刹那、優作の頭にヒデの肘が素早く振り下ろされる。しかし、ヒデの肘は虚空を切り裂いただけだった。すんでのところで、優作は頭を後方にずらしていたのだ。ヒデはさらに優作の股間に膝打ちを入れたが、優作は後方に回転してこれをよけた。巨体からは信じられないような身軽な動きである。 「ちっ」 ヒデは柳眉をしかめて舌打ちをすると、ベッドの上に立ち上がり、腰を低くして拳を後ろに振り上げる。 突進して勢いのついた突きを見舞うつもりか。 優作は一瞬でそう判断して、腕を前に出して突きを受け止める姿勢を取った。 しかし、ヒデの一連の動作はフェイントだった。ヒデは横に飛んで側転をすると、ベッドから降りて自分の鞄を拾い、猛ダッシュで部屋のドアへと飛んだ。 |