裏街の男 [02]

 優作は車に乗り込むと、手帳にヒデの料金形態を書き込んだ。
 それと、鞄の中からピンマイクと小型カセットレコーダーを取り出し、マイクに自分の声を吹き込んでテストする。一度再生してみて、うまく録音できていることを確認。スーツの内ポケットにレコーダーを収めると、車を発進させた。

 しばらくして、指定のホテル近くに着くと、優作は公衆電話を探してヒデに着いた旨を伝える。ヒデはすでにこちらに到着しており、すでにホテルの部屋を確保してあるとのこと。優作が指定された部屋に入ると、すでにヒデはベッドの端に座って待っていた。
 ヒデはにこにこと愛想のいい笑顔で、優作を迎え入れた。
「遅かったね」
「車の調子が悪くてね」
「ふうん。ま、いいけどね。時間も時間だから、泊まり料金払ってある。1万4千円、立て替えといたから」
「悪いな」
 優作はそう言うと、財布から2万円を取り出し、ヒデに渡す。
「おつりは?」
「いらない」
 豪気に優作が断ると、ヒデはくすりと笑って2万円をしまい込む。
 そのまま優作の手を取ったヒデは、妖艶な笑みを浮かべて優作を自分の横に座らせると、優作の胸にしなだれかかる。その仕草たるもの、下手な水商売女の数十倍は艶っぽい。
 だが、優作を一番ドキリとさせたのは、ヒデの眼だった。
 切れ長の眼から漂う妖艶な雰囲気と、すべてを見透かすような奥の深さ。見つめていると吸い込まれそうになってしまう。
 まるで魔法でもかけられたように、優作は呆然とヒデの瞳に見入っていた。
 すっかり雰囲気に呑まれてしまった優作に、ヒデは唇を寄せてそっとキスをした。
 最初は唇を合わせた程度の軽いキスだったが、やがてヒデの柔らかい唇がぐいと優作の唇にに押しつけられる。ヒデは優作の首に腕を回すと、優作の唇を割って舌を入れた。口腔中を舐め回すように、ゆっくりと激しく舌が動いている。
 キスひとつとっても、ヒデのテクニックは熟練されていた。女性経験に自信のある優作が、ヒデのキスだけでとろけそうになってきたのだ。テクニックだけならノリだってたいしたものだった。だが、ヒデのキスは、今まで経験してきたものと根本的に何かが違う。
 このままじゃヤバイ。
 優作は何とか気力を振り絞り、負けじとヒデの身体に腕を回して抱きすくめ、自分もヒデの口腔を貪り始めた。
 さんざんお互いの口腔を貪り合ったあと、優作はヒデから口を離す。ちょっと不満そうな顔を浮かべていたヒデだったが、すぐにまたあの妖艶な笑みを浮かべて優作に擦り寄る。
「シャワー浴びなきゃね。一緒にどう?」
「オレはウチ出る前に一応浴びてきたけど。汗臭い?」
 ヒデは優作の胸に顔を埋め、すうっと深く息を吸い込む。
「確かにせっけんの匂いがするね。じゃあ、俺、浴びてくるから。適当に何か飲っていてよ」
「ん」
 優作が短く返事をすると、ヒデはくすりと微笑をもらして、優作の頬にキスをした。
 鼻歌混じりにヒデがバスルームに入ったのを確かめると、優作はスーツの上を脱いだ。内ポケットのレコーダーの有無を再確認すると、ベッドの側に無造作を装って放置する。
 バスルームからシャワーの音が聞こえてくる。その隙に、優作はヒデの鞄の中を物色した。中身は、ハンカチ、ティッシュ、携帯電話など当たり障りのないものから、綿棒、軟膏、ワセリン、コンドームなどの妖しげなものも入っている。
 ふと優作は首を傾げた。
 財布と免許証がはいっていないのだ。
 バイクを乗り回しているなら、免許証くらい持っているはずだ。免許証を見れば、ヒデの本名、年齢、住所がわかるのだが、見あたらないのでは話にならない。服のポケットの中かと思い、ヒデに悟られないよう、そっと脱衣所に置いてある服を調べるが、やはりない。
 これ以上派手に探そうものなら、ヒデにバレる可能性があるため、優作は一旦捜索を打ち切って、冷蔵庫の中からビールを二本取りだし、一本を開けて一口飲んだ。
 ビールを持ったままベッドに腰掛け、ベッドヘッドに缶を置く。
 シャワーの音が止むと、優作はスーツに忍ばせたレコーダーの録音スイッチをオンにして、洋服かけにひっかけた。そして、ネクタイをゆるめ、Yシャツのボタンをひとつふたつと外すと、ビールを飲んでヒデを待ち受ける。


探偵物語

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