裏街の男 [01]


「ところで、工藤さんって、ノリさんの客なの?」
 かねてからの疑問を、ヒデが口にした。
 ノリも優作も一緒になって首を横に振る。特に優作は、必死だった。
 そんな優作の態度がおかしくて、ヒデはまた吹き出して笑う。
 怪訝そうにする優作を押しとどめ、ノリが話を進める。
「そうだったらいいんだけどね。工藤クンにヒデちゃんの話をしたら、是非お相手してみたいっていうから、連れてきてあげたの」
「へェ……」
 ヒデは目を細めて頭からつま先まで値踏みするように優作を凝視する。
 その表情というもの、先程まで子供のように武術解説をしていたときとは違い、打って変わって艶めかしくなっている。
 ノン気のはずの優作も、ヒデの妖しげな目つきに、不覚にもドキリとしてしまう。
「服装とかは時代錯誤もいいとこだけど、背ェ高いし雰囲気もあるから、結構似合ってるじゃんか」
「似合っているって言われたのは初めてだな」
 優作はスーツの襟を正すと、ヒデにニヤリと笑ってみせた。ヒデもまた、意味ありげな笑顔で優作を見つめ返す。
「ま、いいか。助けてもらった恩もあるし。2万でいいよ」
「そんなもんでいいのか?」
「基本料金だよ。ホテルに行くなら、ホテル代はソッチ持ち。本当なら、相手が一回イク毎に2万ってことにしてんだけど、今回はサービスだ。何回でもいいぜ。あと、撮影、複数プレイ、縛りや鞭なんかは、それぞれに応じて別料金いただくけど?」
「ノーマルでいいよ」
 露骨に困惑した顔を浮かべて、優作は煙草をくわえる。
 ヒデは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに先程の妖艶な眼差しを優作に向けて笑った。
「OK。じゃあ、ホテル行く? それともここでするかい?」
「アオカンのシュミはない」
 怒ったように叫ぶ優作に、ヒデはまた、ぷっと吹き出す。
「わかったよ。じゃあ、指定の場所とかはある? 行きつけのホテルとか」
「そっちに任す」
「じゃあ、横浜町田を降りたとこにあるホテル街知ってる? そン中に<HOTEL SEED>っていうところがあるんだけど」
「ああ。知ってるよ」
「知っているなら話は早いや。じゃあ、ホテルの近くで会うとしよう。工藤さん、携帯は?」
「オレ、携帯とかは持たない主義なんだ」
「なんだ、それじゃあ、コッチから連絡の仕様がないじゃんか。……まあいいや。今、俺の番号メモするから、ホテルに着いたらそこに電話して」
 ヒデは胸ポケットからボールペンを取り出すと、優作の左手を取りそこに電話番号をメモした。書き終わった後ボールペンをしまうが、握った左手は離さない。優作の中指だけを握ると、ゆっくりと口を近づけ、指を口に含んだ。
 最初はくわえているだけだったが、やがて指の先や腹を器用にちろちろと舐め始める。不覚にも優作は、この行為だけで背筋に電撃が走るような感覚に襲われた。
 優作が感じたのをヒデは見逃さなかった。優作の耳に届くように、わざと舌と唇の動きを激しくして、ピチョピチョといやらしい音をたてる。
 やべっ。
 不覚にも男相手に欲情めいた感覚を覚えた優作は、思わず眉間に皺を寄せる。そんな優作を、ヒデは艶めかしい上目遣いでじっと見つめていた。
 心の中まで見透かすようなその瞳が恐ろしく思えて、優作はヒデの口からさっと指を抜いてしまった。
 突然指への奉仕を中断させられヒデは一瞬戸惑ったが、優作の目を見つめると、意味ありげにニヤリと笑う。
「じゃあ工藤さん、また後で。すっごくいい思いさせてあげるよ」
「……ああ。楽しみにしているよ」
 優作がそう返答をすると、ヒデは手を挙げてこの場から去っていった。
 ヒデの姿が見えなくなると、優作は肺からすべての空気を吐き出すような、大きなため息をつく。
「工藤クン、大丈夫?」
「何とか……。でも、ノリさんの時と違う意味で、スゲードキドキしてる」
 優作は胸を押さえると、前屈みになって必死に呼吸を整えた。
「それは、まだ男に慣れないから? それとも、ヒデちゃんの色気のせい?」
「……アイツの目、何だか恐くてさ」
 屈強そうな洋二を蹴り一発で倒した優作が、ヒデの目が恐いと言った。その言葉に、ノリも少なからず驚いた。
「まあいい。ノリさんのおかげでヒデのヤツに接触できたんだ。後は何とかするよ。ありがとう」
 そう言って優作も駐車場に戻ろうとしたが、その腕にノリが飛びついてきた。
「何?」
 あまりにも真剣なノリの表情に、未だ平常心を取り戻せない優作は、迫力で押され気味になった。
「お願い、工藤クン。ヒデちゃんを助けて。この商売をやめさせてあげて」
「ノリさん?」
「あの子は、こんなことをするべき人間じゃない。いくらお金に困っているからって、あの子なら真面目に働けば何とかなるわ」
 目を見開いたまま返答に窮する優作に、ノリは畳みかけるように喋り続ける。
「あの子はきっと、見た目以上に若いわ。そんな子が、いつまでもこんな世界にいちゃいけないと思うの。今ならきっとやり直せる。お願いよ、工藤クン」
 優作は顎に手を当て、少しの間思案した。
 今にも泣きそうな顔をして優作にすがるノリを見つめ返す。
 優作はふっと口許をゆるめて笑うと、力強くノリの肩を叩く。
「何とかしてみるよ。じゃあ」
 それだけ言い残し、優作はノリに背を向け、ヒデの後を追うようにうらぶれたこの場から去っていった。


探偵物語

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