大男の拳が、ヒデの顔を潰さんばかりに振り下ろされたそのとき、この場の時間が一瞬止まった。 気が付けば、大男は仰向けに倒され、すっかりのびている。他の男たちは、何が起こったのかもわからず、ただただ呆然とその場に立ちすくんでいた。 中心にいるヒデだけは、口許を歪めてにやついている。 一瞬に出来事に、何が何だかわからないノリは、男たちと同じく呆然とその様子を見ていた。 「な、なに? 何が起こったの?」 「"升馬開馬"」 紫煙を吐いて優作が答える。皆が呆然とする中、この男だけが何が起こったのかを把握していたらしい。こんな暗い建物裏にもかかわらず、優作はサングラスをしたままなのに。 「な、なに。その…ショウマ…なんとかって」 「八極拳のひとつ。まあ、いわゆる投げ技だ。もっとも、実践向きにかなりアレンジしてあるがな」 優作はサングラスを鼻先にずらすと、ニヤリと笑ってヒデを見つめた。 その瞳は、先程まで男に怯えていたときの顔からは想像もつかないほど、輝いている。 「若そうなのに面白いヤツだな。思った以上に見応えある戦いになりそうだ」 自分だけ置いてけぼりを喰らったような気がしたノリは、はっと我に返ると優作に詰め寄った。 「だから、どうなったのか説明してよ!」 「大男の突きを外に払うと同時に腕を掴んで懐に潜り込む。で、背後に回って脇腹を打ちつつ後ろから足をすくって後ろに倒す。言うほど簡単にできるもんでもないけどね。ヤツも油断していたんだろうが、倒された際にしたたか後頭部を打ってるな。直接の昏倒の原因はソレだが、それにしてもヒデってヤツもたいしたもんだ」 この続きが楽しみで仕方がないといわんばかりの顔をして、優作は再び煙草を吸い始めた。 楽しんでいるのは、優作だけではない。トラブルの張本人であるヒデも、楽しくて仕方がないと言わんばかりの表情をしている。 取り囲んでいた男たちは、ようやく我に返った。 「てめえ! よくもやりやがったな!」 「死ねや、オラァ!」 「待て、テメエら!」 二人の男が、同時にヒデに襲いかかった。 襲いかかる二人を、リーダー格らしき男が大声で制止したが、時すでに遅く二人の手と足は同時にヒデに降り注ごうとしている。 ヒデは二人からの攻撃を軽くさばくと同時に、あっという間にその二人を投げ飛ばすと、仰向けになった腹部を容赦なく踏みつけた。 「うわっ、えげつねえ攻撃」 優作は思わずしかめっ面を浮かべた。 「しかし、あいつは普通に攻撃すると軽そうだからな。ここまでやる必要があるんだろう」 「それにしても」 ノリはヒデのことが心配でもあるが、それと同時に繰り出す技の見事さに思わず見惚れてしまっていた。 「ヒデちゃんがここまでやるなんて。工藤クンの出る幕なくなっちゃうんじゃないかしら?」 「いや」 優作はゆっくりと立ち上がると、短くなった煙草を地面に投げ捨て、靴の裏で火をもみ消した。 「ヒデも強いが、そろそろ限界かな」 そう言うと、優作は地面に手を伸ばして何かを拾う。 少なくともそれは、吸い殻ではないらしい。 「噂以上にやるようだな」 リーダー格の男が、ゆっくりと歩みを取ってヒデに詰め寄る。それまで楽しげだったヒデの表情が、すっと固くなった。 緊張感漂う二人の間に、残った一人が割ってはいる。 「洋二サンが出張るまでもありません! ここはこのオレが!」 「カズ、止せ!」 だが、カズと呼ばれた男は、ズボンのポケットからバタフライナイフを取り出すと、洋二の制止を振り切ってヒデに襲いかかった。 突進してくるカズのナイフを払いがてら、ヒデはカウンター気味に腹部と胸部の間に膝を叩き込む。 目を大きくひん剥いたまま、カズはその場に崩れ落ちてしまった。 |