こんな気味悪い状況が我慢できなくなった優作が右の拳を固めたそのとき、背後から聞き覚えのある声がした。 「やぁん、工藤クンてば、待たせ過ぎよぉ」 ノリである。 地獄に仏とは、まさにこのこと。 優作は安堵のため息を洩らすと、ノリに向かって手を挙げた。 「どーも遅れまして」 優作は救いの神に帽子を脱いで挨拶をした。 ノリと優作のやりとりに、優作を取り囲んでいた三人は、二人を交互に見比べる。呆気にとられた三人だったが、そのうちリーダー格の男が、ノリに向かって下手にご機嫌伺いを立ててきた。 「あ、アネさん。おはようございます……。こちらのかたは、アネさんのお知り合いで?」 「そうよ。これから二人でイイトコ行くの」 笑顔とウキウキした口調とは裏腹に、どことなく恐い雰囲気を醸し出しているノリに、さすがに三人組もたじたじである。 「そ、そうとは露知らず、失礼しました。それじゃあ、オレらはこの辺で」 彼らはひきつった笑みを浮かべると、そそくさとこの場から逃げていった。 去りゆく三人組の後ろ姿を見て、優作はようやく生きた心地がした。 「サンキュー、ノリさん。助かった」 「荒事が得意な工藤クンも、こういうとこはやっぱり苦手かしら?」 「ははは」 作り笑いでごまかしつつ、優作は煙草を口にくわえたが、火をつける手をノリが止める。 「煙草なんか吸っている場合じゃないわよ。ヒデちゃん来てるわよ」 「ああ。さっきバイク置き場で黒のRZ見つけたから、もしかしたらって思って」 「それが、今、ちょっともめててさ。五人の男がヒデちゃんに絡んでるの。雰囲気からして、やばいことになりそうよ」 「!」 瞬時に優作の表情がきりっと締まる。 柳眉をつりあげ、真剣な面持ちでノリに迫った。 「場所は?」 「こっち。案内するわ」 言うなり、ノリはハッテン場の更に奥へと走り出した。続いて優作も走り出す。 息をせきながら、ノリは優作に状況を説明する。 「また金銭トラブルなのよ。複数プレイを持ち出してきたくせに、料金を一人分にしろとかってさ。ヒデちゃんああ見えても腕は立つほうなんだけど、さすがに数が多いし、心配で」 「もしかして、結構トラブルメーカーか?」 「そうね。まあ、みんな多かれ少なかれトラブルは持ち込むけど……。あ、そこよ!」 そう言ってノリが指さした方向には、写真より数十倍綺麗所の男が、大勢の男に取り囲まれていた。 「工藤クン。早く助けてあげて!」 悲鳴に近い声をあげて懇願するノリを手で制し、優作は一歩前に出たきり動かない。それどころか、くわえていた煙草に火をつける。 「さてと。まずはお手並み拝見といきますか」 ごつい風体をしている大勢の男のなかで、華奢で繊細なその姿は、一層小柄に見える。 ヒデは大勢の男に取り囲まれ逃げ道すらない状況に追い込まれていたが、全然たじろいでいる様子はない。口許に浮かべた笑みが、むしろ状況を楽しんでいることを物語っている。 そんな余裕の表情が気にくわないのか、一人の男がヒデに詰め寄った。 「男相手に売っているくせに、なに粋がってんだよ。チビのくせに」 「洋二サンの言うとおりにしてりゃ、怪我しなくて済むんだぜ?」 「どうせ、男が欲しくてたまんねえんだろ、その身体は」 下非た笑いがヒデに降りかかっても、ヒデの人を見下した笑みは顔から取れない。それどころか、憎まれ口まで叩く始末だ。 「そのチビ相手に、大勢でかからないと、何もできないのか?」 「なんだと?」 「金出す気がないなら、余所に行けよ。ロハでしたいってえのなら、俺じゃなくても相手はいくらでもいるだろ」 「てめえ! ホンットにただじゃ済ませねえ!」 いちいち癇に障ることを言われた男たちは、とうとう激昂した。 一番大柄な男が、ヒデの胸ぐらを掴み、拳を振り上げる。 「ヒデちゃん!」 遠くから見ていたノリが、口に手を当てて悲鳴を上げる。 救いを求めるように優作の方を振り返るが、優作は煙草を手に大あくびをしているだけだった。 |