「工藤クンみたいな人って、結構タイプなのよねぇ」 猫なで声を出しつつ、ノリは優作の胸につつっと指を這わせる。 優作が石のように固まっていると、ノリはここぞとばかりに優作の首に両腕を回して背伸びをした。 しかし、優作の身長は189cm。そう簡単には届かない。 ノリが不服そうに口を尖らせる。 「何よぉ。人前じゃキスできないっていうの? 男のくせに臆病なのね」 臆病ではなく恐いからキスできないのだが、この『男のくせに』と言う言葉が優作の自尊心に火をつけた。『男』とか『漢』という言葉を引き合いに出されると、引き下がれない悲しい性なのだ。 優作は一転眉をつり上げ憤怒の形相になると、ノリの肩を掴んで叫ぶ。 「よーし! やってやろーじゃねーか!」 もうヤケクソである。 ノリの方はと言うと、あまりにもうまくいきすぎて、笑いを堪えるのに必死の様子だ。 ノリの肩を掴む手が、じっとりと脂汗でにじんでくる。歯の根が震えるのが止まらない。心臓の鼓動は毎秒ごとに上がっていくような気がする。 それでも優作は、意を決してノリの唇に自分の唇を重ねた。 「おお〜」 一部始終を見ていたマサが、感嘆のため息を洩らす。 あのスーパーノン気で女好きの優作が、勢いとはいえ男にキスをしているのだ。しかも、自分の目の前で。 キスをした優作も褒めたいが、その気にさせたノリのテクニックがまたすごいと、マサは思った。 優作とノリの時間は止まったかのように静かだったが、やがて優作はノリから唇を離すと、そのまま後ろに倒れてしまった。 「く、工藤ちゃん?」 勢いよく仰向けに倒れたので、マサは心配して優作の顔をのぞき込む。 意識はあるようだが、目の焦点があっていない。 とりあえず無事なようなので、マサは少しほっとした。 「ごちそうさま♪」 すっかり満足した笑顔で、ノリ一人が上機嫌だった。 「ちょっと緊張していたみたいだったけど、よかったわよ」 ノリはそう言うと、倒れ込んだままの優作の頬にもキスをした。 「さて、アタシもそろそろ帰ろうかしら」 「え? もう帰っちゃうの?」 「うん。せっかく横浜まで来たから、おばさまの顔を見ていこうと思ってさ」 「そう……。ありがとね、カっちゃん」 「気にしないで。じゃあ、工藤クン起きたら、よろしく伝えておいて。アタシんとこ来てくれたら、うんとサービスするからって」 「はいはい」 マサは笑いを堪えながら返事をした。 ノリが帰ったのを見計らうと、優作は突如むくりと起きあがった。しかしその表情は、未だ魂を抜かれたようである。 ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべて、マサが優作にすり寄った。 「どう? 初めての男とのキスは」 「……最っ高」 と言いつつも、ふ抜けた顔は相変わらずそのまま。優作は自分の前髪をかき上げ、棒読み台詞のようにマサに話しかける。 「おまえのこともあって、こっちの世界についても一応理解はしているつもりだったんだが。やっぱ、どーもダメだわ」 「あははは」 呆然と呟く優作が可笑しくて、マサはつい笑い飛ばしてしまった。 少しずつ正気を取り戻してきた優作がじろりと睨むと、手に口を当てて笑いを止める。 「でも、いい機会だったじゃない。確かにカっちゃんの言うとおり、この仕事をやるつもりなら、ノン気を通すのはむずかしいわよ」 「確かにな。これで万が一の時も、そうビビることはないと思うし。でもまあ、できることならやはり、御免被りたいもんだが」 「それはそうと、今日はどうするの? 飲ってく?」 マサは優作が手みやげに持ってきたホワイトホースを取り出して尋ねる。 「いや、早速今晩行ってみようと思う」 「あら、ずいぶんと急なのね」 「ノリさんの話だと、今日あたり来るかもしれないからな。うまく接触して、何とか素性だけでも調べ上げたいと思ってね」 「そうなの。せっかくのお休みだから、一緒に飲もうかと思ったんだけど、お仕事じゃあしょうがないわよね」 「悪いね、マサちゃん。で、申し訳なさついでに、車借りたいんだけど」 「はあ?」 突然の申し入れに素っ頓狂な声をあげてしまったマサだった。 |