マサは恭しく紅茶を淹れると、二人の前に差し出した。 フルーティーな香りを鼻一杯に吸い込むと、優作はようやく人の心地がついてきた。 「ところでマサトちゃん。アタシに話って、なあに?」 「それなんだけどね。カっちゃんってば、売ってるって話しでしょ?」 「何を?」 「春」 「ああ。まあね。で、なに? もしかして、工藤クンが買ってくださるとか?」 ノリは胸の前で手を組むと、きゃっと喜んで跳ね上がった。 対照的に優作は口にしていた紅茶を吹き出してしまう。本日二度目。 「やだぁ。工藤ちゃんてば、キタナイ」 「冗談よ、工藤クン。ごめんなさいねぇ」 そう言ってノリは優作にタオルを差し出した。 恨みがましい目でマサとノリを睨むが、咳き込みすぎて涙目になっている優作に睨まれても、あまり恐くない。 「申し訳ないんですが、私、その手の冗談ってどーも苦手で」 「ホント、ごめんなさい」 「それはそれでいいけど。本題は工藤ちゃんから聞いて。で、工藤ちゃん、例の依頼の話だけど、カっちゃんも男にだまされて作った借金返済するために売っているのよ。もしかしたら、その子のこと何か知っているかもよ」 「何? 何のこと?」 わけもわからないといわんばかりに騒ぎ立てるノリを余所に、優作は先程の写真をノリに提示して見せた。 「単刀直入に聞きますが、こいつのこと知りませんかね」 画像の荒い写真を手に取ったノリは、感嘆の声をあげた。 「あら。ヒデちゃんじゃない」 「知ってるの?」 優作とマサが同時に声をあげた。 「知ってるも何も、よくハッテン場で鉢合わせするからね。話とかしているうちに何となく気も合ってきちゃって」 「ど、どういうヤツなんですか?」 「どういうって……一言じゃ難しいけど、見かけと違って普通の子よ。売春だって、自分ちの借金返すためだっていうし。お父さんと弟さんの三人暮らしって聞いた覚えがあるわ。お母さんを病気で亡くして、それで借金したとか」 「ふうん」 優作はメモを取りながら、まだ会ったこともない捜索人に思いを馳せた。 おそらく、父親が病気の母親を何とか助けるために町金融あたりで借金をしたのだろう。しかし、その母親も病気で亡くし、残された借金を返済するため、身を売ることになったのだろう。 しかし、なぜわざわざ男相手の売春などするのだろう。見かけが華奢とはいえ、稼ぐ方法などいくらでもあるだろうに。 「ヒデちゃんは、相場に比べて割と安めに売り出してるわ。それにお金さえ積めばどんなことでもするっていうんで、変な客も多いみたいだけど、それについては文句を言うことはないみたい。でも、囲われるのはいくらお金を積んでも断るの」 「しっかし、なんで売春なんだろねぇ。他に稼ぐ方法あるだろうに」 兼ねてからの疑問を、優作はノリにぶつけてみた。 ノリは紅茶を一口飲むと、首をすくめて答える。 「さあね。アタシはもうこれしかないって思ってしているけど、確かにあの子だったら、他にしようがあるとは思うわ」 「まあ、その辺の事情はいろいろとあるんだろう。で、最近変わったこととかある? 何かトラブルに巻き込まれたとか、逆に起こしたとか」 「そうそう。そういえば、ちょっと前にヒデちゃんにからんでいた客で、変なのがいたわ。何でも複数相手の素人ビデオを撮りたいから、ヒデちゃんに主演やってほしいっていうのがいてさあ。最初の提示額が良かったから、ヒデちゃんOKしちゃたのよね。でもそいつら、ヒデちゃんにSMまがいのことまでしておきながら、提示した通りのお金を払わなかったとかで、もめたみたいよ」 ノリの話を聞いて、優作はピンとくるものがあった。 このトラブルの相手こそ、高山たちに違いない。 あンのやろぉ〜。 ひきつった笑顔をうかべつつも、優作ははらわたが煮えくり返る思いがした。 「そのときヒデちゃんも怪我しちゃったみたいだから、しばらく来なかったわ。でも、ヒデちゃんの話だと、相手も3人ほど使いものにならないようにしてやったっていうことよ。いい気味だわ」 「確かに」 優作とマサは、これまた同時に頷いた。 おそらく、潰した相手の中に、あの高山は入っていないはずだ。 だが、彼らのヒデに対する怒りは、相当なものだろう。何せ、タマもメンツも潰された挙げ句、大事な品物も盗られたのだ。 ヒデを捜し出して突き出せば、きっと彼はただでは済まされまい。 そんなことを考えていたら、ノリが不安そうな顔をして優作の方に乗り出していた。 「ところで工藤クン。ヒデちゃんが一体どうしたっていうの?」 優作はしばし考えると、煙草に火をつけて吸い始めた。 「そのヒデちゃんの捜索。依頼人はたぶん、ヒデを輪姦して酷い目にあったそいつらの仲間」 「!」 マサとノリは、お互い顔を見合わせて驚愕した。 顔面を蒼白にしたノリが、恐る恐る優作に尋ねる。 「まさかと思うけど……ヒデちゃんをそいつらに突き出したりはしないわよね?」 「事と次第によるが、ノリさんの話を聞く限りでは、そんなことしたら寝覚めが悪くなるだけだな。でも、一応身辺調査は続けさせて貰うよ。もし、ヒデに会うことがあったら、そう言っておいてくれ」 「う、うん……」 ノリは言葉を濁して返答した。 その後、優作はヒデに関する質問を幾つかしたが、わかったことは十時頃に古いタイプの黒のYAMAHA RZ250で現れるということだけだった。 本名、年齢、住所等は一切不明である。 だが、優作はノリに会ったことで決定的ともいえる手がかりを手に入れた。 ヒデの携帯電話の番号だ。 優作はノリに感謝の言葉をのべると、ノリはにやりと不敵な笑みを浮かべ、優作に歩み寄る。 「いいのよ。そんなのお安いご用だわ。それより、折り入ってお願いがあるんだけどぉ」 艶めかしい上目遣いで優作を見つめるノリに対し、優作は背筋が凍り付くような気分になった。 これにはさすがの優作もたじろいでしまう。 「な、なんスか……?」 「いずれヒデちゃんと接触するっていうなら、ノン気のままじゃいられないわよぉ。だったら、予行演習がわりにキスしてもらおうかなぁって思ってサ♪」 その言葉に、優作の目の前が一瞬真っ暗になった。 「キ、キス……ですか? 天ぷらとかじゃなくって……」 「そ。口づけ、接吻、キッス、キス」 優作の必死のボケもスルーして、ノリはひたすら熱心に優作にキスを迫る。 |