依頼人の高山を関内駅まで送った帰り道、優作はこの奇妙な依頼内容を振り返った。 男同士とはいえ、売春の交渉不成立が原因で起こった事件である。 優作は頭痛を堪えきれないといった面持ちで、天を仰いだ。 「工藤俊作だったら、こんな阿呆な依頼なんて、ゼッテェ受けないだろうになぁ」 しかし、工藤優作はドラマの主人公ではない。 開業して3ヶ月。雑用の依頼でもこなさなければ、家賃すら払えない。時間が経てば腹は減る。そこへやってきたのが、この依頼だ。内容はともあれ、金欠の身に百万円はおいしすぎる。 背に腹は代えられない。 松田優作さん、ごめんなさい。貴方のようになるには、まだまだ修行が足りません。 優作は心でそう呟いて横浜スタジアム方面の空めがけて拝み倒す。 「さて、まずは……」 依頼を受けてしまった以上は、開き直るしかない。 優作は公衆電話を見つけると、テレカを差し入れておもむろにダイヤルを押した。 6回ほどコール音がした後、眠そうなしゃがれ声で返答があった。 『……もしもしィ?』 「ようマサ。オレだ」 『なぁにぃ? 工藤ちゃん……? 今何時だと思ってンのよぉ』 不機嫌に応対する電話の相手に、優作は腕時計をチラリとのぞくと、悪びれた様子もなく語りかける。 「何時って、只今12時47分55秒……56、57、58……」 『時報の真似なんかしなくていいわよ! 一体何の用なの?』 「12時48分を指しました」 『用がないなら、切るわよ!』 熟睡していた所にこんな間抜けな会話のために起こされたのでは、マサでなくとも機嫌が悪くなる。 「待った待った!」 電話を切ろうとするマサを、優作は慌てて制止した。 「悪かったって。ちょっとマサに聞きたいことがあってさ」 『……まあ、いいわ。もうそろそろ起きなきゃならない時間だし。で、何?』 「マサなら、衆道とか男同士の恋愛とかに詳しいだろ? そのことで話があってね」 『何? 工藤ちゃんもついにソッチに目覚めたのぉ? 今更遅いわよぉ。もっと前なら、アタシが相手になったのにィ』 甘えた声で拗ねるマサに、優作は電話口にも拘わらず、真剣な顔で首を横に高速回転させた。 「オレじゃねぇ、オレじゃ! ソッチ方面で人捜しの依頼があったから、マサの知識を借りたいと思っただけだ」 『何だ。つまんないのォ。でも、そういうことならいいわ。そのかわり、依頼の経緯とか教えてくれる?』 「この仕事、一応秘守義務ってーのがあるんですがね」 興味津々に尋ねてくるマサに、優作は釘を刺すようにわざと感情を込めていない声で返答をする。 優作の対応に、向こうの電話口からくぐもった笑い声が聞こえる。どうも必死で笑いを堪えているらしい。 あの優作が、くそまじめに仕事をしようとしているのが、おかしくてたまらないのだ。 『ま、まあ、そのことはおいおいでいいわ。で、どういうこと聞きたいの?』 「ぶっちゃけて言えば、売春なんだけどね。詳しい話は電話じゃあ何だから、会って話したいんだけど、マサは今日仕事は?」 『今日は休み〜。ところで工藤ちゃん、今どこにいるの? 着信が公衆電話になっていたけど』 「今、関内駅の近く」 『じゃあ、電車でウチにおいでよ。帰り送っていくわ』 「送ってくって……?」 『ふっふ〜ん。実はアタシ、車買ったのよ』 「マジ? 何買った?」 自慢げに話すマサに、優作も羨ましそうに話に食いついてきた。 こういうところで素直に喜々とするところが、優作のかわいいところだと、マサはちょっぴり思う。 『ミニクーパー。そこそこ程度がいいのに、結構安かったから、買っちゃった♪』 「ミニかぁ。オレ、入るかねぇ」 『大丈夫でしょ? じゃあ、待ってるから。手みやげ忘れないでね』 「ちゃっかりしてらあ。じゃあ、また後で」 マサが電話を切ったのを確認すると、優作も受話器を置いた。 電話から吐き出されるテレカを引き出し、財布の中にしまうと、優作は駅構内に戻り、切符を買って改札をくぐり抜けた。 |