My Lover...3.

ゼフェルはぴたり、とその場に固まってしまった。
それもその筈。当分、目を覚まさないだろうと思っていたアンジェリークが姿を現したのだ。
彼女は愛らしい、あの廊下でぶつかった時と同じ瞳できょとんとゼフェルを見つめている。
どうやら、意識を取り戻したようである。

「・・・よぉ・・・」
さすがのゼフェルも、予想できなかった状況に飲まれている。
アンジェリークの方はと言えば・・・何がどうなっているのか解らず、又しても気を失いそうになっ
た。
「・・・どうして・・・貴方がここに?」
必死で自分を繋ぎ止めた。
何かを問わないと今にも意識が遠退いていきそうだ。
何しろ、ボールに当たって気を失って目を覚ましたら、先程廊下でぶつかったあの先輩が目の前に
居るのだ。
「・・・サボりだよ、わりーか?」
アンジェリークはぶんぶんと首を横に振った。
「悪くないですっ!・・・嫌な時は無理してまで授業に出なくてもいいと思います!」
何を言っているか解らなかった。
自分の発言に顔を真っ赤にして下を向いてしまった。

その様子を見て、ゼフェルはくくっと笑う。
「おめーって・・・面白れー奴」
やっと、場慣れしてきた。本来のゼフェルだ。
「さっきは悪かったな、ボール当てちまって。」
アンジェリークはまだ顔を赤くしたまま、今度は軽く首を横に振った。
このとき、ゼフェルは心底彼女を『可愛い』と思った。

さっきから感じている、この感情は・・・まさか・・・
まさか、この俺が・・・こいつに・・・?

それから保健室の中で2人きり、他愛も無い会話をチャイムが鳴るまで話し続けた。
「・・・そろそろアイツらがおめーの様子を見にくる頃だな・・・」
名残惜しそうにゼフェルがドアの方を見る。
「わりーけどよ・・・今の時間、ここで俺と話してたってこと、内緒にしといてくれよな。」
「?」
不思議そうにアンジェリークはゼフェルの顔を覗き込む。
彼の性格をまだよく知らない彼女にとって、何故、そんなことを言うのか解らなかった。
「俺、オンナと話するとか、そーいうガラじゃねぇし・・・とにかく!頼むぜ。」
アンジェリークは微笑みながら頷くと、眠っていたベッドにまた入っていった。
それを、目を細めて見届けるゼフェル。

先輩って、何だか知れば知るほど好きになりそう。
乱暴な言葉遣いをしていても、私の事をきちんと気遣ってくれている。
きっと、とても心の温かい人なんだわ・・・。
アンジェリークは毛布を顔までり、ふふふ・・・と微笑んでいた。

___

「失礼します・・・ってゼフェル!!ここにいたの!?」
休み時間を知らせるチャイムが鳴って、レイチェル・ランディ・マルセルの3人が保健室に来た。
ランディは『やっぱりな・・・』という顔をしている。
レイチェルは何が何だか解らず、少し戸惑う。
「ゼフェル先輩!ずっと・・・ここにいらしたんですか?アンジェは、目を覚ましました!?」
「・・・いや・・まだ、眠ってるんじゃねーの?」
先程まで2人きりの会話を楽しんでいた筈のゼフェルは、白々しくそう答えた。
それを気付かれないようにわざとレイチェルから目を反らしたが、その先にランディの視線があった。
ベッドに近づくレイチェルを目で見送ると、ゼフェルに近寄る。
「ゼフェル、お前・・・」
ランディのその真っ直ぐな瞳に、ゼフェルは飲まれそうになる。
まるで、心の中を見られていそうだ・・・。
「なっ・・なんだよ!俺は別にアイツが心配だったとか、そんなんじゃねーからな!」
「・・・・・」
「ルヴァの授業なんてかったりーから・・・」
それでも真っ直ぐを見つめ続けるランディに圧倒されて、ゼフェルはそれ以上続けられなかった。
それが悔しかったのか「ちっ」っと舌打ちする。

「あ」・・・マルセルがベッドのほうを向いて声を上げた。
アンジェリークがレイチェルに連れられ、起きてきたのだ。
・・・と言っても、アンジェリークは先程まで起きていたのだが。
「君が・・・アンジェリーク・・・。ってさっき見てるけど・・・俺はランディ。その、ボール当て
ちゃって、ごめん。」
ランディの名はゼフェルから聞いてもう知っている。
『ランディってのはよー・・・まぁ俺が1番信頼を置いているヤツだな。何かと俺に説教しやがるか
らムカツクけどよ。アイツは俺と違って真っ直ぐなヤツなんだ。』
それが、ゼフェルの紹介だった。
その通りだな、と思った。

「んー・・・ねぇねぇ、どうせなら皆でお昼にしようよ。アンジェ、ワタシ、お腹空いちゃった。」
レイチェルは痺れを切らすかのようにアンジェに懇願した。
「そうだね。レイチェルの言う通りだよ。」
マルセルも、彼女に同意する。
「じゃあ、5人でお昼にしよう!場所は・・屋上がいいかな?天気もいいし。」
「けっ、てめーで仕切ってんじゃねーよ。」
「なんだと!?」
「あぁ、もう!やめてよ2人とも!・・・じゃあ、レイチェル、アンジェリーク、屋上でね。」
2年生3人は揉め事を起こしながらも先に保健室を出た。
「ワタシたちもお弁当取りに行って、早く屋上行こっ!」
「あ、でも保健の先生にお礼言いに行かないと・・・」
「そんなの後っ!早く!」
またもや、アンジェリークはレイチェルに引っ張られるように保健室を出て行った。

___

場所は、屋上。
快晴の空の下、5人は一緒に昼休みを過ごす。
雲ひとつない空は、まるで蒼い天井のようだ。
その中で会話は『部活動』の方向になっていた。
「・・・じゃあ、ランディ先輩はサッカー部なんですか?」
「そうなの!ランディってば凄いんだよ!2年生なのにレギュラーなんだから。」
マルセルは自分のことのようにランディを自慢する。
彼が言うと嫌味に聞こえないから不思議である。
「へぇ、スゴイ!ね、アンジェ!」
「うん」
アンジェリークは至って物静かだが、真剣に先輩たちの話に耳を傾ける様子はレイチェルのそれと
同等だった。
「改めて言われると照れるな。そうだ、2人ともサッカー部のマネージャーにならないかい?
今までやってた子が辞めちゃって、募集中なんだ。」
ぱっと目を輝かせたのはレイチェルのほうだった。
「ホントですか!?ワタシ、やる!!」
レイチェルは物事を楽観視し、即答してしまう面があるが『やる』 と決めたことは最後までやり
通す強い意志を持っていた。
アンジェリークにはそこまで言い切る強い意志も、勇気も無い。
・・・レイチェルって凄い・・・と思いながら
「考えておきます」
とだけ返事した。

「・・・ったくよー、さっきから聞いてりゃーてめーの宣伝ばかりしやがって。」
話題を独占したランディが羨ましかったのか、悔しかったのか。
・・・それともアンジェリークの気を引きたかったのか。
口を開けばこんな言葉しか出てこない自分が、情けなくなった。
レイチェルはランディを批判するようなゼフェルの言動に少し苛立ち、強い口調で言い返す。
「じゃあ!ゼフェル先輩は何をされてるんですか!?」
彼女の苛立ちを感じ取ったようにゼフェルもムッとしてそれに答えた。
「俺は帰宅部だよ!悪かったな!」
今までの雰囲気が壊れてしまいそうだった。
しかし、こんなとき必ずマルセルは間に入って場を和ませる。
「ゼフェルはとっても器用なんだ。放課後は必ず残って何かを作ってるんだよ。
ね、ゼフェル。」
思いがけず誉められたゼフェルは照れ隠しに校庭のほうを見下ろす。
『へぇぇ』と意外なゼフェルに驚いたのか、アンジェリークとレイチェルは目を丸めて彼を見た。
・・・特にアンジェリークは興味を示した。
「何かって・・・何を作ってるんですか?」
珍しく、自分から話し掛けたアンジェリークにゼフェルは優しい口調で答えた。
「ロボットとか、そーゆー機械的なモンを作るのが好きだな。」
少し、口元に笑みがこぼれるゼフェルを、アンジェリークは見逃さない。

この人は、自分自身のこんな瞬間が好きなんだわ。
こんなに優しくて生き生きとした瞳をするなんて。
何かを作っているときは、どんな表情をするんだろう。
知りたい、もっと、もっと、この人のことを・・・!

キーンコーンカーンコーン

「あ、予鈴だ。5・6時間目は新入生の歓迎会だったよね。」
「そうだ、その時、部の勧誘もあるから、改めて誘うよ。」
ランディは殆どレイチェル側を向いて話す。
余程、さっきの発言が嬉しかったらしい。
こうして、5人のランチタイムは終了したのである。

つづく