Bill Evans考

 マイルスの後期が好きだという方は知っています。
 僕はチェットベイカーの晩年が好きです。
 しかし寡聞にしてBill Evansの晩年が好きという方を僕は知りません。

 個人的な嗜好は別にして、Bill Evansがジャズの歴史の中でも特に優れたピアニストであることに異論をはさむものは居るまい。だが、よくよく考えてほしい。彼の代表作といわれている「Village Vanguard4部作」が録音されたのは1961年である。それからさらに20年くらい彼は第一線で活動を続けている。

 にもかかわらず音楽活動の後半生が評価されず、前半生のみが取り上げられるというのは、ジャズの英雄を取り扱う態度としてはいささか失礼ではないか?本当に、我々は彼を尊敬していると言えるのだろうか?

 Evans個人はVillage Vanguard以降も新しい可能性を模索し、あくまでEvansの個人的な尺度で考える限りそれを達成したように思える。Bill Evans本人がそれで満足しているのならそれでよいとも思うが、しかし後半生をばっさりと否定(というか無視)されている現在の評価をもしEvans本人が聞いたら、彼は一体どう思うのだろうか。

 もっとも、それはBill Evansだけの話ではない。Bill Evansの後半のジャズ人生は、ジャズ自体が、ずぶずぶと沈んでゆく時期と重なっている。

 
 50年代・60年代にはカウンターカルチャーとしてあれほど隆盛を誇ったジャズは70年代に入って急激にその求心力を失ってゆく。
 ジャズという音楽が「最先端」の音楽ではなくなった。
 社会現象・哲学思想と同期する音楽ではなくなった。
 ジャズが時代と共にどこかに向かう音楽ではなくなった。
 どこかに向かわせるべきかどうかもわからなくなった。
 そもそもジャズをこれ以上発展させるべきかどうか、という命題に答えるものはいなくなってしまった。

 この時代、御大Milesでさえあの有様なのだから、Bill Evansも単にそのあおりを食らっただけなのかもしれない。

 大きな潮流は個人の力では食い止めることはできない。慶喜一人の力ではいくらいい殿様でも徳川幕府の滅びをくいとめる事が出来なかったように。

 60年代に行き詰まったジャズの殻を破ろうとして、実験的なことを70年から80年代前半に(それこそ、生き残りをかけて)色々と試行錯誤を行った。行った実験はすべて尻すぼみとなり、ジャズは商業的に行き詰まり、その意味で死に絶えた。

 あの時代にジャズは多種多様な種に分化しようとしたが、結局ほとんどの種が絶滅してしまったのである。

 放散と収斂。
 現在のジャズは三葉虫類の成れの果てのカブトガニのようなものに過ぎない。

 新主流派、というのは体のいい用語だ。こうした大絶滅のあと、そういう試行錯誤がまるでなかったような態度でやってきたのが新主流派なのである。



実際のビルエバンスの個人的な変遷というのはどうなのだろうか。

 Village Vanguard4部作から晩年までのBill Evansを聴いてみると、彼なりの「円熟」というか「発展」を示しているのは確かだ。しかし晩年のBill Evansは、僕の印象ではすごくダメダメ感が漂う。

 しかし、その「ダメダメ」というのは例えば晩期のバドパウエルが示したような「才能の枯渇」ではない。テクニックが衰えたり、鋭さがなくなったり、周りとの疎通がうまくいっていないとか、そういう老化ではないのだ。そういう場合は、枯渇したテクニックとトレードオフの関係で、そこにはある種の「味」が残ったりする。しかし、彼の場合そんなに手数が減ったり、Interplayが衰えていたりはしていないのだ。むしろそういった面が過剰に表出する様にもみえるのである。

 なんだか、「えっ?そっちにいっちゃうの?」という、「なってほしくない」方向へ進化(?)している様に思えてならない。

(そんな時に僕の頭に浮かぶ言葉は「腹八分目」だったりもする。)

 「常連さん向き」の演奏ばかりやっていると「一見さんお断り」感が増すのか。


 しかし、ジャズの世界の枠組みの中ではBill Evansの円熟の方向性はいまだ正しいのかもしれない。当世の「ジャッキー・テラソン」だとか、「ケニー・ドリュー・Jr(ぷっ)」など「うっとうしい一派」の演奏をぼんやり聴いていると「Bill Evansがあと20年腕を衰えずにやってたら、こんな風になってたのかなぁ、」とぼんやり思ったりもする私だ。

 

 それはさておき。
 ときどき「ヴィル・エバンスが好き」と書いておられるものをNet上で見る。

 ズボンのチャックが空いている様なものだと思う。それとも滑舌悪いんか。
(勿論僕にもそういうミスはあるに違いない、気づいたらこっそり教えていただけると有り難いのである。)