ツーファイブの吹き方

—アドリブ技法について その3


Index

 コードの展開と圧縮 (その1)
 ツーファイブ(その2)
 ツーファイブでの吹き方 (その3)
 ツーファイブの吹き方—マイナー、オルタード(その4)
 曲中でのツーファイブの吹き方(その5)

 前章では、ツーファイブを用いて単調なコード進行を装飾してゆく過程を示しました。着地(解決)するコードにむけて、ツーファイブの進行を付け加えるわけですね。

 コードは、単音楽器である我々にとっては、実際に音を出す際の枠組みに過ぎません。それでは、実際にフレーズを吹く時にはどう考えてゆくべきか。


 ツーファイブ進行を「コーナリング」だと言ったのにはわけがあります。

 コーナリングでは、コースさえはみ出さなければ様々なラインを取ることができます。ただ、重視すべきポイントは一つ、コーナーの出口です。コーナリング中も、コーナーの出口を意識することが、ベストな走行ラインをとるコツです。

 同様に、ツーファイブ進行で意識すべき点はやはり着地点であるIの部分です。トニックに終止した際の解決感を念頭においてフレージングをする。

 もちろん、ツーファイブのコード進行の枠組みの中で、解決感の希薄なフレーズを吹くことは全く可能です(現代的であるとさえ言えます)。しかし、少なくともバップ・イディオムという語法を用いてインプロヴァイズする場合、コードの解決感と言うものをしっかり認識すると、そのあとの理解が楽です。


 まず、ツーファイブで、どのように音を使うか、という話になります。

 話をわかりやすくするために、条件を狭めて考えます。

 の場合を考えてみます。

 Gm7もC7もFも、F majorのダイアトニックコードです。
 ダイアトニックコードは簡単に言えばFのドレミファソラシド(ダイアトニック・スケール)を構成音とするコードのことです。基本的に、ダイアトニック・コードでは、ダイアトニックスケールを使っていい。

つまり、この3つのコードでは Fのキーでのドレミファソラシドが、使える音、ということになります。

 ……あれ?

 これで話が終わればいいんですが、これって、何ら役に立つことを言っていませんよね。すべての場所ですべて同じ音が使える……ということは、吹き方もくそもない。

 しかし、実のところ、今の結論通りで、最終的には何の音でも使えるんです。Available Note Scaleで導き出される結論はそれです。前にも述べたとおり、ルールは「禁則」を提示するだけです。より一般的な理論はより禁則が少ない。現在のAvailable Note Scaleは理論的な器としてはバップより、いささか大きすぎるんです。

 何度も申し上げた通り、バップではコードへの着地感(解決感といいますが)を重視します。

 ポイントは、フレーズの「解決」です。
 「解決」がスムースに行われるためには、解決する音の前では、解決しない感じが必要であり、解決の部分では、すっきり解決してもらわなくてはなりません。

 これは水戸黄門の印籠のようなもので、8時45分に印籠が出たら、事件は解決しなければいけないし、逆に8:30に印籠が出てもいけません。印籠が出る前に事件が解決してもいかんわけです。

 例えばこんなフレーズはどうでしょうか。

 はい、いかにもコード進行を分散にしたようなもので、ちょっと恥ずかしいですけれども。音型はうだうだ上下しますけれども、最終的な解決に向けてフレーズが収束していることがなんとなくおわかりかと思います。

 この解決感が、バップらしさなわけですが、その解決感を味わってもらうため、少しバップの「偏屈」さを体験してもらいます。

ルール (やや偏屈な)

  1. まず、着地点の場所を定めて下さい。明確に。
  2. 第一段階として、定めた着地点で使える音を制限します。ドレミソラド、いわゆるペンタトニックに制限します。
  3. Gm7,C7の部分では、特に音の制限を設けませんが、着地点の直前の音は、下の条件の音をおいて下さい。
    • 着地の音に隣接した音
    • Fのペンタトニック「以外」の音

 Gm7,C7,FのコードですべてFのドレミファソラシドが使えるといいましたが、やはりコードの構成音は違うわけですから、そのドレミファソラシドの中でもよりコードに近い音遠い音というのはあるわけです。各コードにおいて、コードの構成音を拾ってみますと、この様になります。青い点が、構成音です。

 そうやってみてみると解決のFの構成音{F,A,C}に対し、C7の構成音は、それぞれ上下一音ずれる形で存在しているのがおわかりでしょうか?(ま、厳密にいうと違うところもありますが)
 先ほどの「ルール」で、解決の直前の音を、「隣接した音」という条件を付けたのは、そういうわけですね。一音ずらすと、コードトーン→コードトーンという形になりやすい。

 ま、こういう解決感のフィーリングを感じて頂くのが、まず第一の目的です。こういう手法を用いてオリジナルのフレーズを適当に作ってみて下さい。フレーズの初めの音がよくわからないときはコードトーンを使うと何となくうまくいくと思います。
わかった?
 なんとなく?ならOK。

 

 次の段階としては、先人の作った、いかにもツーファイブらしい「リック」=ストックフレーズを幾つか見てみることにします。

 それから、先ほど、いささか偏屈なルールを設定しましたが、これは、強いていうと、初めて自転車に乗る時の補助輪のようなものでして、この規則は必ずしも守らなければいけないわけではありません。ただ、この原則に従っているフレーズは、わかりやすいんです。この偏屈なルールから外れたものをおいおい示していきます。

いいわすれましたが、次に示したフレーズはすべてGm7-C7-Fのツーファイブです。

Anticipation

 まずはこれ。

 途中経過音でつないでいますが、本質的にはダイアトニックの音と考えてよいと思います。このフレーズで目を惹くのは解決の音が、4拍裏から始まっていること。Anticipateといいますが、解決は必ずしも表拍に設定する必要はありません。もちろん、あまり小節頭から大きく外れてしまうと、踏み外したように聞こえますが、半拍のずれなどは、適度な緊張感を生み出すようです。

 譜面に書かれているコードの変わり目を全く遵守しなければいけないというわけではないことがわかります。ピアノのバッキングと同じで、裏から入るようなのはよくある。

6th/9th note

 次のフレーズ。

 これは、僕の好きなTpのチェット・ベイカーが好んで吹くフレーズなんですけれども(というか、晩年の彼はこんな引っかけるようなフレーズだけで乗り切ったりしてる)、金管楽器向きのフレーズです。

 解決音も先ほどと同じでAnticipateしていますが、それはいいとして、これは着地の音が9thなんですね。聞き慣れていないとちょっと違和感を感じますが、これはもう全然ありな音ですね。

 解決音として、もちろんFの構成音はOKなわけですが、加えてFのペンタトニックである(レ = G 、ラ = D)も、基本的に許される音です。

 それから、右のフレーズでは、三拍目にAbが特徴的に使われています。A→Ab→G(解決)という大きな流れで、経過音的に考えてもいいし、C7のコードテンションとして、C7-13と考えてもいいでしょう。Altのようなつないだコードという考え方もできます。AからGへの経過音の間で、下にEの音を挟むことによって、Delayed Resolveという技法に近い効果を狙っています。定式化はできませんが、非常にバップらしいフレーズであるように思います。

 ところで、Fmaj7の構成音のシ = E は解決音としてどうでしょうか?
 もちろん、Fmaj7に解決する場合、このシに着地するのは何ら問題ないですが、例えばブルースのように、解決がF7の場合もありますね。また、ツーファイブが連結して居る場合などもありますが、この場合もトニックは7となるでしょう。この場合はそういうフレーズは使えませんから、ツーファイブとしての汎用性は少し低くなってしまいます。

 いわゆるStock Phraseとして練習する時には、そういうことに注意してください。

Chromatic approach note

 解決に向けて経過音でつないだパターン。

 4拍目の表が、先ほどの「ルール」で言う「解決の直前の音」の条件を満たすわけですが、その後、解決音の間を半音移行で埋めてます。

 ジャズの唄い方では、アクセントの置き方、強く置く音、弱く「のむ」音などが、例えばクラシックや吹奏楽とは違って特徴的です。
 こういう経過音はどちらかというと弱勢の「のむ」音に親和性が高いですね。こういう音はコードテンション云々と理屈をこねて解釈するよりも、単に経過装飾音と考えた方がすっきりする場合があります。

 実際に、こういうフレーズは非常に多いです。基本的な枠組みはFのドレミファソラシドで作り、あいだあいだに半音で引っかけるのは、特にバップにおいて非常によく使われる手口です(Chromatic Note Aproachというらしい)。チャーリー・パーカー作の、いかにもバップっぽい曲のメロディーを見てください。

 例えば、一番最初に示したフレーズがありますが、この弱勢音をこの様に変えてみても、フレーズ全体の印象としてはあまり遜色ありません。

 元のフレーズはトロンボーンのポジション的には(4-1-1-4-2-1-3-1-2)です。(※)。4-1の移動は正直結構大変なので、吹くと、自然に右のフレーズのようになっちゃうこともあるかもしれません。もちろんこれもコードテンションとか、コードのReharmonizationと考えて解析することも可能ですが。


「長い」ツーファイブ、及びⅡm7、Ⅴ7の吹き分け。

 ここまで、ツーファイブの例を挙げてきましたが、すべて、一小節の短いツーファイブです。しかし、大抵のツーファイブの本では、ツー・ファイブで二小節をとるような大きなフレーズが示されることが多いと思います。

 ところで、ツーファイブのツーとファイブですが、これの吹き分けは必要でしょうか?

 僕はツーとファイブは敢えて吹き分けをせずに、大きな固まりとして認識すべきと考えてます。

 例えば、このようなフレーズを考えてみましょう。

 これはGm7で一小節、C7で一小節のフレーズです。Gm7の部分でGm7を想定したフレーズ、C7の部分ではC7を想定したフレーズを吹いています。

 では、こんなフレーズはどうでしょう。

 フレーズは、一小節目の三拍目から始まっていますが、最初のフレーズは先ほどと同じであることがおわかりでしょうか。実は、このフレーズは、一小節目の三拍目から、二小節目二拍までをGm7,残り二拍をC7と想定して吹いています。しかし、別に違和感はない。

このフレーズは一小節目は、まるまる休符で、二小節目に、短いツーファイブフレーズを入れています。これも、当然はまって聞こえます。

 繰り返し書いていますが、ツーファイブはコーナリングです。コーナーの出口で帳尻を合わせておけば、少々ラインが違おうが問題ない。ツーファイブはある程度伸縮自在です。但しその伸縮は、着地点を固定して行われるということです。

 もちろんコーナーの出口を間違えると、イン側に刺さります。


やっちゃった事例

帳尻のあった事例

 先ほどのフレーズを倍速で吹いたものです。(しかし冷静に考えるとこのフレーズはトロンボーンではちょっと厳しいですね。Finaleで電子演奏させてますが)
 上の例は間違えて一小節早く解決しちゃった例。これはどうも、宙ぶらりんというか、どうにもいけない。カーブのイン側に刺さっちゃってる状態。下は、同じく倍速で吹いていますが、これはなんとなくOK。帳尻が合えばなんとなく許されてしまうんですね。

 着地点が大切、ということ。

 

 現在の教則本で解説されているフレージング技法の殆どは、コードを先に規定し、それに対してフレーズを組んでいくというアプローチをとってます。しかしバップにおけるフレーズ語法は、極端なことを言うと、元々あるコードをキャンセルして、ドミナントモーションを、強制的に挿入すると考えた方がすっきりします。

 もちろん、今売り出されているジャズスタンダードの譜面では、すでにツーファイブコードをあちこちに散りばめて書かれています。そういう場合はそこでツーファイブを吹いてやれば言いわけですが(ツーファイブを剥がして、ツーファイブを貼り付ける、といった感じでしょうか)、書かれていない場合だって、ツーファイブをはめ込んでもいいわけです。

 遵守すべきメルクマールは、コードの着地点のみです。これが、バップがVertical Chord progressionと言われるゆえんなんですけどね。

 しかし、上記のように考えると、楽譜に書かれたツーファイブのツーとファイブに関して相互互換性が成り立つということがおわかりかと思います。ツーの部分をファイブで吹くことは可能ですし、ファイブの部分をツーで吹くことも可能なんです。つまりツーとファイブを分けて考えることはあまり有用ではない。

 結論としては、ツーファイブの吹き方は、

Ⅱm7 - Ⅴ7
キーの音ならなんでもOKトニック
ペンタトニック

 ということになります。

 これ、意外じゃないですか?

 僕は、ジャズ初心者の時には、ツーファイブ、ツーファイブというのを聞いていて、「ツーファイブ」の部分に、何か特別な吹き方があるんじゃないかと思っていました。しかし、実は、ツーファイブをツーファイブたらしめる要諦は、ツーファイブの着地した非ツーファイブ部にある。面白いですね。

 

 随分話が脱線しましたが、長いツーファイブの吹き方でした。

 長いツーファイブは、フレーズを吹く際に、長いし音もいっぱいあるし多分跳躍も多いしで、技術的には短いツーファイブよりはもちろん難しいですが、考え方としては短いツーファイブの延長に過ぎません。

 むしろ、ツーファイブの本質は、コードの解決する、解決点直前にあるという考えに立てば、長いツーファイブは、そちらに対する意識を薄め、有害でさえあります。

 僕は、まず短いツーファイブを練習することを勧めていました。実際、八分音符のみっしりつまった長いツーファイブは、トロンボーンでは、練習していても今ひとつ現実味にかけるところがあるんですよね。

 楽器のうまい経験者は、どうしても器楽的な難しさに目を奪われてこういうジャズ教本に載っているツーファイブを練習しちゃいがちです。でも、そういう練習は自己満足は得られるけど、ちょっと効率が悪いのですよ。そういう後輩を見ていると、「そっちにいっちゃいかん!」と僕などはいつも思ったもんです。

 長いツーファイブをおすすめしない理由はもう一つあります。

 コードの圧縮/展開というのを(その1)で説明しましたが、二小節にまたがるツーファイブというのは、元々大きな流れとして存在するドミナント部なんですよね。つまり、曲のトーナリティーと関係したツーファイブなわけです。極端なことを言うと、Fのキーの曲では長いツーファイブはFしか出てこないわけですよ。難しいキーのツーファイブは、難しいキーの曲をやらなければ触る必要がないわけです。

 一方、短いツーファイブというのは、曲の中で瞬間的な転調と考えて繰り出されるフレーズにあたります。曲のキー以外なものも容赦なく、しかもあちこちに沢山でてきます。ゆえに、Any Keyで短いツーファイブの練習をすることは大変意義があるというわけですよ。

 それに、実際問題長いツーファイブは短いツーファイブを継ぎ合わせて作ることが可能です。短いツーファイブに習熟し、「ツーファイブ感覚」を身につけると、長いツーファイブは自然とできるようになります。解決をおくらせて足踏みをすればいい。

 正直に言うと、長いツーファイブでは自分も失敗したクチでして、僕は大学二年生の時にフレッド・リプシアス著の"ツー・ファイブ"という本を買いました。あれはカタログの様に、ツーファイブのフレーズがマイナー、メジャーに別れてなおかつ解決音別に採録されているという百科辞典的なもので、今となっては面白い本ではありますが、「どう吹くか」という自分の疑問にはあまり答えてくれませんでした。だって、あんなフレーズ、吹けねえし。