like uttering an incantation

問:ソロを吹くことになったのですが、アドリブなんて出来ません。しょうがないからCDのフレーズをコピーしたんですけれども、なんか上手く吹けないっていうか、嘘くさいんです。どうしたらいいでしょうか。

 ソロなんてものは、その人の体に根ざしたものですから、別の人間が吹いても、無理があるということは往々にしてあります。

 学生さんは、見本の演奏を絶対視する。よくない癖です。

 レベルの低い魔法使いは高いレベルの魔法を唱えられません。

 それは、高度な呪文を詠唱出来ないからなんです。

 ファンタジー小説などの描写では、呪文を唱える際には、予備動作として一連の音節と同時に複雑な身振り手振りを交える必要があります。そうして呪文の詠唱が終わると、魔法が発動するわけです。呪文というものは、そうやって練り上げて発動するものなんですね。

 ドラクエとか、ゲームの世界では、魔法が唱えられないのは、レベルが低くて魔法をまだ憶えていないとか、マジックポイント(MP)が足りないという表現をしますが、あれはコンピューターゲーム故に、かなり大雑把に簡略化されたものです。『指輪物語』や『ゲド戦記』などが参考になるでしょう。

 日本の古代文化でいえば「陰陽師」が、そうした魔術のイメージに比較的近いように思われます。複雑な体の動きと、呪文の詠唱によって、式神を発動させる。

 また、この辺りの描写は、漫画では『Bastard!』が一番雰囲気を伝えているように思います。但しあの漫画ではトップクラスの魔術師しかでてこないようなので、あまり参考にはならないんですけれども。

 低位の魔法使いが高度な呪文を使えないのは、もちろん内在する魔力云々もあるかとは思いますが、結局高度な呪文に必要な複雑な詠唱に習熟していないと考えるべきでしょう。

 コンピューターゲームでは便宜上、「レベルが上がる」という表現をしますが、突然今まで使えなかった魔法がすらすらと頭の中に浮かぶわけがありません。あれは、ああいった呪文の詠唱を間違いなく制御できるほど熟練したということを簡単な形で表しているに過ぎません。

 ジャズのアドリブにも似たところがあります。一息で吐けるフレーズの音数は、その奏者の楽器の使いこなしレベルで決まり、それは画然としているものです。プロミュージシャンの高度に練り上げられたアドリブフレーズは、高度な呪文の詠唱と同じで、低位の人間にとっては詠唱が困難であります。

 例えば、ブルースの3段目のツーファイブフレーズ。レースで言えば、最終コーナーを回ってホームストレートにさしかかるような部分です。当然大きな見せ場でありますから、皆ここぞといったきらめいたフレーズを繰り出すわけです。8分音符を複雑に繋いだフレーズ、場合によっては16分音符かもしれません。32分音符かも。

 いずれにしろ、高度なプレーヤーが、ここ一番というべき場所で、自分の技量をほぼ出し切っているような場所、ソロの中の最大瞬間風速というべきアドリブフレーズは、大変に難しい。

 とはいえ、例えばトランペット、トロンボーンなどの場合、フレーズの「難しさ」は、高い音が出ないとか、速いフレーズが吹けないとか、そういったものが多いですよね。これらは物理的に、どうしたって吹けない。

 逆に、吹けるのは吹けるが、どうもうまく吹けないようなパターンもあります。

 自分が大学生の時によく出くわした例は、例えば、息が続かない。フレーズはそれほど速くなく、また音域も問題ないのだけれど、一フレーズが長すぎて、どっかで息継ぎをしないとフレーズを吹ききれないとか。これは、割とちゃんと楽器を吹ける女の子とかに多かったです(特にサックス)。フレーズをなぞる程度には楽器が上手いんだけども、気持ちを込めてダイナミクスをつけるには息の量が足りないという。

 こういう場合、フレーズを字面だけ真似して吹いても、あまり格好良く聞こえません。元々の演奏はあくまで一息に吹ききるような意識で演奏しているわけですから、そういう風に吹かないと、どうしても、台詞を棒読みしているような感じになる。いわゆる「棒吹き」ですね。気が入っていないんです。

 もちろん、そういう風に、楽器的な技量の制約を受けており、そしてそれは練習によってまだまだ改善の余地があると思われる場合、練習してそれを補うことも必要です。かといって、女の子の場合(男の子でもですが)練習しても補えないものはあります。本場の、まるで樽のような体の、何食ってるかわからないような男の人を真似するのはいくらトレーニングをしても物理的に無理な場合もあるわけです。

 ピアノの話になりますが、例えばオスカー・ピーターソンは片手で13度まで開くそうです。そんなソロ、普通の東洋人は完コピできませんわな。

 管楽器でもそれと同じようなものです。体に合っていないソロを無理に吹いたって、きちんと唄えない。むしろそれをよく自覚した上で、フレーズを組み替えた方がいい場合もあります。

 大事なのはソロの流れです。プロミュージシャンが吹く「最大瞬間風速」のソロが吹けない場合、死に体の譜面面だけ合わせたフレーズを吹くくらいなら、自分なりの最大瞬間風速を出せるようなフレーズに組み替えて吹いた方が、よほどそのソロに忠実と言えると思います。

 同じサーキットを走行するにしても、F1マシンにはF1マシンの、市販車には市販車のベストな走行ラインがあるはずですから。

 また、例えば、超速の曲を、ちょっとテンポを落として演奏する場合なんかがありますね。この場合、フレーズの最高速を遅くする代わりに、一つ一つのフレーズの時間が長くなります。そうすると息が続かなくなることがある。こういう場合も、フレーズの組み立てを変える方がいいと思います。

 ま、人前でコピーのフレーズを吹くという事自体に疑問はありますが。少なくともコピーを吹く際にはこの辺に留意しておきたいところです。

(Oct,2006初稿 Jan,2007改稿)