『麻』・特別作品より
『麻・2004年12月号』
≪古俳句≫ 秋風や進路指導の白い紙
合鍵の失せれば持たせ雁来紅
夕月に乾かぬ袖が二つづつ
秋遍路ほんの少しの単車の荷
居眠りのはじめとをはりばつたんこ
ぶなしめぢ家族のやうな小房かな
殺仏殺祖露に母の字透き徹る
古俳句や一弦胡弓が霧を来て
円相の歯形に走る林檎の香
魂魄の魄を地靄に十三夜
木無(ぶな)大樹百万の実の逝きどころ
葉の色のしめりを拾ふ寒露かな
前生の胡桃の中の重力場
混沌を搾れば秋の夜の海鼠
夜爪つむ奉教諸死者を祭りきて
『麻・2004年10月号』
≪かりがね寒≫ 西方のおほきくなりぬ秋の夕
とんぼの眼左右に映つてゐるわたし
秋燕の羽の切つ先揃ひけり
爽籟や島の宝の流人の絵
水中の発光体や黒葡萄
豊の秋髪を束ねて男ゐる
葉の裏へ抜ける光や蛇笏の忌
竹伐つてその一節に地酒酌む
月代へ鶏冠ゆらして長鳴けり
白露のとけば流るる卵かな
本人であることへ菊供へけり
秋の夜やヘッドホンより水の音
聴く力まだある夜の野分かな
薬効やかりがね寒を長湯して
雨冷えの壁より糊のにほひかな
『麻・2004年2月号』
≪夏≫ ありんこの一列学童の二列
午後二時の雲のかがやき百日紅
あんみつとあんみつ姫のほくろかな
母親の胸へも少し天瓜粉
虎が雨女ときどき泣く電話
運動野少し癒えたり夜の秋
平日のプール初老のふたりゐる
涼しさや伴大納言絵巻の火
母と子の夏の夕餉のたまごやき
四つ脚の夢見てをるか三尺寝
白南風や病者外に出て煙草吸ふ
帰省子へ朝のベーコン縮む音
滝音に長々と息吐きにけり
原爆忌絵本のむかしばなしかな
引き水の桶をあふれて晩夏光
≪秋≫ はたと減る日捲りの嵩秋立つ日
新涼の字画良き名の赤子かな
代理妻の臍の緒に泣く法師蝉
転生や銀河にふゆる砂ふたつ
ダイ・インのまなこひらけば空澄めり
白道に透けゆく真夜の鰯雲
踏まれたる蟻へ蟻来て秋の暮
おしろいの香をかぎにゆく夜風かな
秋の夜を小皿に浮かす古切手
合葬や素風金風南無白風
裏木戸の大河へ開く良夜かな
月光に鱗が透けてしまひけり
目の前の塵を見てをり道元忌
畦野菊石より生るる水の音
竜淵に閑居静思を賜ひける