連作


金閣寺大書院障壁画展

竿燈に

井の頭恩賜公園


*金閣寺大書院障壁画展*

*

墨滴らすごと夏霧の杉襖

見ゆるもの見えざるものの明急ぐ

大いなる鵜の嘴の曲りかな

目の会へば我も鵜の目でありにけり

十の鵜の虚空ひとつへ我ありぬ

石ひとつ黙す鵜の図の襖かな

篝火や迎ふ意の鵜の羽ひろぐ

金色の火の成す白夜白襖

在るがままありて温さの古木かな

花満ちて工夫の腕のやうな枝

花人のお黒き幹へ寄する声

庭よりの風庭へ出づ桜かな

黒白を言はず薄墨桜かな

幹ばかり見る人横に散る桜

ひと枝にいのちの始終花曇

佇めば振り向けば花吹雪かな

散るにさへ集ふうき世の桜かな

古るといふ不思議や虚の花明り

春暁や女の素顔見すまじく

涅槃西風日の輪優しくなりにけり

花月夜死者が宴の刻ならむ

夜桜や女のよはひ匂ふほど

春愁や石にも親のあるといふ

竹の子やちょっと斜のうはのそら

竹の子の皮の蟹股天への歩

竹の子や矢印ひとつ足して伸ぶ

長閑さはとほくに竹の葉のゆるる

帰る鳥い行き憚る玉座かな

梅匂ふ善意の人の地の平和

至宝不琢磨と読めて涼しき墨書かな

もどる


*竿燈に*

*

竿燈の二百上げやる本太鼓

囃されてはや滾るもの竿燈に

竿燈のなどかろがろと立ちにける

竿燈の友の背へひたと継ぐ

竿嵌まる音竿燈の手の替わる

そよそよと竿燈立ちぬ額の上

竿燈に友の絆の手拍子よ

竿燈にできるやつぁできるといふことを

竿燈のつと下がるつと息を呑む

折れてなるものかの手首竿燈に

浮き足立つ人へ竿燈歩を荒ぶ

後ろには目がない竿燈人払ふ

寄ると触ると人騒がせな竿燈

竿燈に人のことなど構ってをれぬ

竿燈のたわみの際を沸きにけり

あそこがの視線へ竿燈折れにけり

小さき子に小さき竿燈立ち難し

しなやかに打つ竿燈の太鼓かな

竿燈の摺り足ひたと止まるとき

竿燈のドッコイショーに知らず加はりぬ

火の手あり竿燈叩き落とされぬ

竿燈の落つるに太鼓鳴りやまず

竿燈の火を踏拉く男かな

竿燈の落つるといふは上ぐること

一灯を残す竿燈なほ立ちぬ

竿燈に一世の大事仰ぐかな

老の背に昔取ったる竿燈を

竿燈の皆落とされて星の夜

男とはうつむかぬもの竿燈に

竿燈に女子供といふことば

もどる


*井の頭恩賜公園*

*

秋風に深く挿しけり浄香爐

へうたん橋桜紅葉の吹き溜り

水引草松の土留めの柵低く

大枝は拝してくぐる昼の月

本を読むひとりの秋のボートかな

秋晴や音の途切るる音合わせ

金風を少し借りたるアコーディオン

秋天に響き迷子のアナウンス

秋の水引いて水生動物園

シーソーの同じ年頃木の実降る

草の実をつけて小石を手離さず

父親が抱き秋風のベビーカー

ギター止む公園釣瓶落しかな

秋霖や画布に一点鯉の赤

水漬く枝揺らして鴨のひとり言

自転車の車輪大小落葉踏む

土のある処を犬が毛糸着て

手袋に犬の短き鎖かな

後ろ手のうしろ明るき木の葉髪

着ぶくれて鉄棒の子をとほくより

木洩れ日の鳰のもぐりし処かな

山茶花のかはたれ時を待ち人よ

近道の人すれ違ふ冬の月

一茶忌の子連れ孫連れ橋渡る

寒木の根元や出店禁止札

凍星と梢と触るる忌日かな

黒鳥の卵に隣る注意札

霜柱遅刻しさうな靴の裏

浮御堂御手水つかふ雪女

凍蝶や地蔵の破顔堂裏に