ラリベラ
クリスマス 旅行記

行けるハズの出張になかなか出発できなかった1999年12月の終わり。
隊員のエリアスが「ラリベラのクリスマスに行きませんか?」と誘ってきた事で この旅が始まる。

早速、旅行会社に行き航空券のチケットを手配してもらう事にした。
「クリスマスシーズンなのでチケットはもう無いだろう」と思っていたが、チケットはあった。しかし行きのチケットだけ。 出発まで10日間ほど時間があったので、その間に帰りのチケットも取れるだろうと思い勝手に思い込みチケットを取れるのを 待った。もしチケットが取れなければバスで帰れば良いだけの事だから。結局、出発前日にチケットが取れた。
職場の人に「明日からラリベラに行って来る」と言うと、「ガビ(体に巻く白い布)を買って持って行け」 と言われたので、マルカート市場に行きガビを買った。一枚15ブルのガビを2枚買った。 ガビを何の為に着るのかわからないが、アジス市内でも教会にお参りに行く人達はガビヤを着ている。

1月5日
エチオピアに来て初めての飛行機に乗る。
普段エチオピア人のやる仕事を見ていると、イイカゲンなので、飛行機に乗るのは少し怖かった。
窓から眺めるアビシニア高原の広大さと、機内食のジャムパンがとてもうまかった事が印象に残っている。 いつ墜落するか心配しながら乗っていたが、ゴンダール経由でラリベラに到着した。
建設中の空港事務所を後にし、NTOという旅行会社の乗合バスでラリベラの町まで行った。バスの往復チケット70ブル。

泊まろうと思っていたアシェトンホテルの近くでバスから降りた。
バスを降りると、ガイドを名乗る野郎共が群がってやって来た。エリアスは4ヵ月、私はもう1年もエチオピアに住んでいるので アムハラ語でガイド共に軽くジャブを食らわせアシェトンホテルに向かった。確か一泊40ブルだと聞いていたのに、行ってみたら1泊 100ブルで、これ以上安くならないような事を言ってきたので、別のホテルを探す事にした。
昼飯を食べながらホテルを探すが、どこも40ブルくらい。クリスマスだからホテルの値段も上がっているらしい。寄ってきたガキに 一日5ブルでガイドを頼み、一緒にホテルを探した。
カッダムトホテルというブンナベットで何回も交渉し、2人で3泊100ブルまでまけさせて、結局ここに泊まる事に決めた。
共同トイレ、共同シャワー(水)のチンケなホテルだ。 泊まる事に決めたが、部屋のドアに鍵が無い....。 文句を言うと近くの売店で南京鍵を買って来て付けてくれた。

ホテルが決まったので、ラリベラの近くの山にある、アシェトンモネストリ教会に行った。
ガイドは「山に登るならもっと金をくれ!」などとボケた事を言ってきたので、そこでオサラバした。
山に登り始めたのは午後3時頃だったので、太陽が出てる内に帰ってこられるか不安だったが、とりあえず登った。
登山途中の景色は格別で、ラリベラの街や周りの山が綺麗に見える。でも山道は険しくて非常に疲れた。途中でここの教会に入る為の 入場チケット売り場でチケットを買った。確か一人40ブルだったと思う。一時間半くらいで教会に到着した。
こんな山奥に岩を削って作った教会があるなんてスゴイ。でも教会自体はそれほど大した事はなかった。しばらく景色を眺め街に戻った。
戻り始めた頃は太陽は山の影に隠れていた。不安はあったが、夕焼けの色の方が不安に勝っていた。来た時通った道を帰るが なぜか道に迷い いつの間にか違う道を歩いていた。辺りは足元も見えないくらい真っ暗になるが下に行けば街に出ると確信し、下った。 無事街にたどり着いた。夕食はホテル近くの喫茶店でウンコラルスルスという卵料理を食った。

1月6日
朝食後、暇そうなガイドを2ブルで雇い教会をすべて見て回った。
クリスマス前だけあって、大勢の巡礼者、物乞い、観光客が狭いラリベラの街に集まっていた。
ラリベラの人は、東洋人を見る目が違う。他の地方に行くと「チャイナ!」としか声を掛けられないが、 ここでは「ようこそラリベラへ!」と日本語で声を掛けてくる。 たぶん日本人観光客くらいしか来ないからだと思うが、「チャイナ!」と呼ばれるより「ようこそ!」 と言って来るほうが気分がいい。

本などに多く載っている十字架の形をしたギオルギス教会の精巧さにも感動したが、 バタマリアム教会とマダハニアレム教会の二つは隣合わせに建っていて、大きさ、壁の彫り物など 他の教会には無いものがあった。
薄暗い教会内はひんやりしている。岩の床を裸足で歩くと周りにある岩の引力で体が引っ張られそうな 感覚になる。そして、ギース語(アムハラ語やティグレ語の原語)と思われるイスラム教のコーランに似た祈りの歌 が聞えてくる。教会の外の岩をくり貫いて作った直径1mくらいの洞穴では修行層が聖書を読んでいる。 とても800年以上前に人間の手で作ったとは思えないような場所である。教会の彫り物も素晴らしい。 ラリベラの教会は私の目から見ると「神秘の教会」以外の何者でもない。
写真も結構自由に撮影できたので、バシバシ撮った。

今晩クリスマスセレモニーがバタマリアム教会で行なわれるという情報を入手したので夜10時に教会に行った。 しかし、教会の周りで野営している人々は寝ていてセレモニーをやる気配はない。ガセネタだったとわかり、ホテルに帰った。

1月7日
クリスマス当日
朝、初日に雇ったガキのガイドとあった。「昨日、白人からガイド料をたくさん(確か100ブル)もらった」と言っていたので 朝飯をおごってもらった。
これからラリベラ旅行を考えている人に通告しておきたい事がある。ラリベラには貧乏旅行で来る旅行客も いるので、ガイドにはあまり多額のガイド料を払わないようにしてもらいたい。ガイドが一度多額のガイド料を もらうと、「旅行客は金持ちだ」と思い込んでしまい、次回の客には多額のガイド料を請求してくるようになるからだ。 前にも述べたが、エチオピアの平均収入を考えると、完璧な英語(海外に留学していたのかと間違うような上手な英語) を話すガイドでも一日50ブルで十分なんです。

昨日すべて教会を見てしまったのでやる事が無い。 暇なのでもう一度教会を見て回る事にした。
暇そうな少年を見つけて一日50サンティムで靴の見張り番を頼んだ。ガイドはこれまた暇そうなガキを 見つけて2ブルで頼んだ。昨日既に見て回った教会ではあったが「神秘の教会」には感動した。

夜は8時からセレモニーが始るらしい。
8時を少し過ぎてセレモニーの行われるバタマリアム教会にマルカートで買ったガビヤを着て行った。行った時にはモノスゴイ数の人々が 教会の周りを囲んでいた。教会の中から祈りの歌が聞えてくる。 人が多すぎて教会までは近づけるが中には入れない。教会の近くの木の下でエリアスとどうやって教会に入るか 作戦を立てた。夜通し行われるとの事なので、明日の早朝もう一度来る事にした。

1月8日
朝4時にバタマリアム教会に行った。
昨晩と人の数は変わり無かった。教会の中には入れそうにない。しかし僧侶が教会の外で何かをやるような気配も無い。
来る前にアジスアベバで見たNHKのビデオの中では、朝日の元で僧侶が踊りを行なっていたので、明るくなるまで 華やかなセレモニーは行われないだろうと思い、 同じ教会群のゴルゴタ教会に行き、岩の壇に腰を掛け明るくなるのを待った。 もしかするとセレモニーを見れないかもしれないという不安を感じながら・・・。 ラリベラは高地にあるので夜は冷えるが、アジスで買ったガビが寒さを和らげてくれた。 待ってる間も、隣のバタマリアム教会からは祈りの歌が延々と聞えてくる。
明るくなり始めたので、エリアスと共に動き始めた。「教会の反対側から行ってみよう」という事になった。 ぐるっと回り反対側に行くと神様の恵みか なんと教会の上に出るハシゴが掛けてあった。 ハシゴを登り、教会の上に出るとこれまた神様の恵みか、セレモニーを見るのには極上の場所だった。 掘り下げて出来ている教会の建物のすぐ側の壁の上だ。すぐ下には教会があり、セレモニーは私達のいる壁の上で行われる。

しばらくすると、華やかな衣装を着た僧侶達が、十字架や絵を持ち 私達のいる場所の前を通過していった。 その後、純白に赤いラインの入った衣装を着た僧侶達が、ツナツルというキリスト教のスズのような楽器と、杖、太鼓を持って壁の上に立ち マダハニアレム教会に背を向け、バタマリアム教会の方を向き一列に整列した。そしてクリスマスを祝う音楽を演奏し始めた。 ゆったりとした音楽だ。それに合わせて僧侶が体を左右に動かしゆったりとした踊りを踊る。 体を左右に動かしていたかと思うと、ツナツルと杖を持った僧が音楽に合わせて、時々一斉にその場にしゃがみ込みポーズを取る。 ポーズを取ると観客達から「ウォー」という大きな歓声が上がる。その歓声が教会を取り囲み、その場がいっそう盛り上がる。
壁から下の教会を見ると、各教会の神様と思われる絵が、綺麗な衣装を僧侶達に囲まれて行進している。その絵はやがて壁の上に運ばれて くる。
教会の外には白いガビヤを着た大勢の巡礼者がクリスマスを祝っている。巡礼者の向こうに見をやると、アビシニア高原の山々が連なって見える。 日本にいた時にイメージしていたアフリカとは全くかけ離れた光景だ。日本のクリスマスなんてオコチャマのママゴトに過ぎない。 そんな事を思っている内もゆったりとした踊り、音楽、「ウォー」という歓声は続き、セレモニーは最高潮に達している。 こんな素晴らしいクリスマスがあったとは・・・・
そうこうしている内に朝8時を回った。今日はアジスアベバに戻る日なので最後までセレモニーを見ずに その場を後にした。

朝食を食べた後、ホテルで会計を済ませ 迎えにくるハズのNTOの事務所に行った。
しかし、約束しておいた時間にバスは来なかった。NTOの事務所に行っても人がいなのでらちがあかない。 ヒッチハイクで空港まで行く事にした。幸いこっちで知り合った人の車が通ったので、その車の荷台に乗せてもらい空港近くまで行った。 空港はラリベラの街からかなり下った場所にある。舗装道路なので、結構なスピードで走っていた。 舗装道路だが、その側は絶壁になっていてガードレールなんて物はない。転落したらまず命はないな。 はっきり言って怖かった。

空港に着き、NTOのバスを発見。バスの運転手に散々文句を言うが、「俺は関係ない」の一点張りで名前すら教えない。 脅しのために、その運転手の写真を撮った。NTOはエチオピアで一番大きな旅行会社なので、アジスアベバに帰ってから 先払いしておいた復路のバス代金をもらう事にした。
アジスアベバに到着し、昼飯を食い すぐにNTOの事務所に行った。しかし、受付のオバサンもバスの運転手と同じで 「私には関係ない」の一点張りで名前も教えず、ラリベラへの連絡もしようとしない。後日もう一度行き、昔のオバチャン より偉そうな担当者に話をして事実関係を調べると約束させたが、結局確認しなかった。



エチオピアに来たらNTOをいう旅行会社は使用しない方が良いでしょう。
使用するとしたら、お金は全旅行が完了した時点で支払う事。
先払いでなければダメだと言ってきた場合は、イヤミの一言でも言って さっさと違う会社に頼みましょう。



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