リンクのぺーじ        

 

         

親の育ちあいで、子が育つ。

健全な大人社会がないところで望まれる子供社会の生まれよう筈は在りません。

何か子供達の事件や問題で騒ぎが起きると、学校がとか教師が、あるいは親だ家庭だ、社会だと議論が起きて騒がしくなりますが、本当のところはどうなのでしょうか?

自分達の子供時代を想い起こしてみると、目的もなく無為に息をして毎日の暮らしをしているのがとても苦しく、退屈であったことが浮かんできます。
何か指針を模索したり、規範を求めたり、教師を含めて大人達の中に意識的に、あるいは無意識的に救いを求めていたことをボンヤリと想い出したりします。

教育・養育の主体はどこまでいっても親であり、学習の主体は子供達自身にあります。
家庭では親達の生き方が映し絵のごとく子ども達に照らされ、刷り込まれてゆきます。
社会に対しての意識・観心は、時代の変化に流されない親達の育ちあいの場である地域社会の熟成如何に大きくかかわって、子ども達自身の豊かな社会性を培うことに寄与するものと考えます。
つまり子供達の成長は、地域社会が育み、社会性を培う醸成環境となるのです。
学校も単独に存立しているのではなく、地域社会の中の一部として機能してこその養育環境となるのではないでしょうか。

今、子供達は「思いっきり、遊べて」いるでしょうか? 「思いっきり、食べて」いるでしょうか?

私達親は、大人達は、健全に社会人として育ちあっているでしょうか。
目指されるべき指標・規範・秩序を示せる社会の親としてなりあっているでしょうか。

「競争」から「共創」へ、共に育ちあう共生の和と輪を皆で創りあって、育ちあいませんか?

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