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第三新東京市ぱられるふぃーばー



 その弐

 タイムトラベル!?
 頭がワヤクチャになってしまいそうになって、僕はうめいた。ヒカリにいつもボケボケッとしてると言われているのを思い出す。ヒカリは最近、アスカに似て来た。
 だから、僕が頭を抱えるのかもしれない。
 こんな事だったら、もっとシッカリしておくんだった。知らない間に時間を越えて、使徒を目前に移動してしまうなんて悪夢も悪夢だ。こんなの夢に決っている。
 お願いだから誰かウソだって言ってくれ!
 頭を抱えてオー!ノー!っていいたくなるくらい、馬鹿馬鹿しさに溢れた素敵な冗談だ。頼むから、僕をそっとして置いて欲しい。

「シンジ君!シンジ君!」

 肩をグラグラと揺すられてサウジアラビアくらいまで飛翔した意識がぼんやりと戻って来る。頬をつねったまんまの姿勢で固まっていたようだった。
 怪訝そうな顔のミサトさんに僕はヒビの入った笑みを浮かべると、痴呆みたいな声が、そっと空気を振動させた。

「2015年?何月ですか?四季は戻ったから・・・7月か8月?」

「ちょっとー、しっかりしてよね。ホントに、頭打ったんじゃないの?顔色悪いし」

「だって、今は2018年なのに!・・・電話、電話を掛けて下さい!リツコさんに繋いで、こんな酷い事は止めてって言わないと・・・僕は僕は、またワケのわからない実験にこのままつかわれちゃうんだ!」

「なに言ってんのよ!シンジ君気を確かに持ちなさい。あなたは、つい先程第三新東京市に到着してネルフ、あなたのお父さんの所に行く所なのよ。私が迎えに来たの。写真見たでしょ!ほら、ミ・サ・ト、ちゃーんと大事に写真持ってるじゃなーい。しっかりして!あなた、碇シンジ何でしょう?」

 ひょっとして別人を捕まえてしまったのか!という疑念に取り付かれたのか、問い質すミサトさんのみょうに真摯な態度にしわくちゃのくたびれたワイシャツみたいに肯く。

「僕は碇シンジですよ。だけど、この僕は違うんだ。本当の僕は第二新東京市立高校二年生で」

「あなたは14才の中学二年生。混乱してるのよ、あんな巨大な化け物をまじかで見たんだもの無理はないわ。これでも、飲んで気を落ち着けなさい」

「あ、はい」

 魂の抜けた状態で、渡された缶を見るとも無しにプルタブを開け一気に煽る。

「ぷっはー。ええ、僕は落ち着いてますよ」

 たちまち妙なテンションが腹の中からたちのぼり、ぷしゅーって煙を吐きそうな程の躁状態に入り込んだ。
 何て物を飲ませるんだ!この人は本当に僕の保護者だったのだろうか!?
 それは、オフホワイトに”EBICHU”黒書きされた、いわゆるビールである事に気付いてしまった。

「そーでしょ?やっぱし、ビールを飲む時こそ人間の安息なのよん」

「・・・何てもの飲ませるんですか!?中学二年生とか言っといて、ビールを薦める何て馬鹿げてます!やっぱりこれは、いつもの通り僕を何等かの非人道的な研究のサンプルにしている、あのリツコさんと父さんの策略なんだー!」

「きゃー!あばれないでよ!」

 キ!キキー!と、車は真横に動き始める。それをミサトさんはなれたふうにカウンターをあてて止めている。結構慌てているふうな口ぶりのクセにこうなんだもんな。と、僕はなかば感心しながら横目で伺う。

 まだ残っていたビールの中身が暴れたせいで跳ねとんだ。
 温くなったビールは、体を猛烈に活発にさせた。躁状態はなおも僕を勝手に操り出す。

「もう一本無いんですか?転がって中身が無くなってしまいました。もう一本下さい」

「わたしの車を汚さないでよ・・・。ま、ちょっち壊れてるけど。レストアしたばっかなのよ!」

「何いってんですか。ミサトさんのアパートメントはゴミ溜めみたいになってるくせに。車の中が綺麗なのはどうせ今だけなんでしょう?汚れるんなら、今も明日も無いですよ」

「キー!このぅ!」

 ガツンと拳骨をくらった。目から溶接の最中のような真っ白い火花があがった。

「てー。殴る事ないでしょ。暴力反対。ホントのこと言ったのに」

「な、何よ。知ったふうな口きいて。私はこう見えても綺麗好きなんだから。ちょっとでも汚れているのは気に食わないし」

「ウソばっかり。ほんの二週間で部屋をゴミ溜めにしたくせに」

 ジト目にヒキッとミサトさんの顔がひきつる。

「酔ってるの?止めてよー。ただでさえ、見失って遅れたのに、お酒を飲ませて酔っ払わせたなんてヤバイわよぅ」

「ぜんっぜん酔ってませんってば。それより、もう一本下さいよ。ほら!早くぅ!」

「気持ち悪い!シナなんか作んないでよ!」

 言っても無駄と、僕はミサトさんに手を伸ばした。

「キャー!何する気|?」

「え?やだなあ。ビールを貰うだけですよ」

「ど、どこ触ってんのよ!」

 え?と、見て見ると、カートレインがちょっと揺れた隙に、ミサトさんのはちきれそうな胸をがっしとつかんでいた。驚いて手を戻すと、柳眉を逆立てて凄い勢いで、ミサトさんは騒ぎ出した。

「あーもう、およめにいけなーい!責任とってー!」

「ち、違う!誤解なんだってば!だから、僕は、ビールを貰おうと思って手を伸ばしたワケで」

「しっかり触ったくせにー!しらばっくれるき!!」

「人聞きの悪い事言わない下さい!確かに、結果的にミサトさんの胸を触ったかもしれませんが、これは事故です。カートレインが揺れるからわるいんですよ」

「自分は悪くないだなんて、お偉いです事!」

「とにかく、もう一本下さい!」

 ガツン!

「痛いッ!」
「ミサトさんのゲンコツは鉄の塊です!僕の頭を石榴にするつもりですか!」

「貴方は未成年でしょ!未成年の禁酒は法律で認められているのよ!」

 こめかみに青筋を浮かべてミサトさんはワケの解らない事を言った。

「禁酒は未成年ではできないでしょ。だって、飲酒が認められてないんだから」

「とにかく!・・・ウー、わかったわよ!」
「び、ビールよ。ほら、ほら。これでも、飲みなさい」

 タラ〜っと汗をながすような疲れた声で、500mlのえびちゅビールが差し出された。僕は、礼も言わずに受け取るとプルタブをワンアクションで空け、喉の奥に流し込む。
「ぷっはーーーーくぅぅぅぅぅ!!」

「い、いー飲みっぷりね。こんの不っ良〜」

「ビールなんか水みたいなもんだって口癖のくせに」

「ほら、着いたわよ!降りて、急いで行かないといけないのよ」

「いやだー!どーせみんなで僕を笑いものにするつもりなんでしょ!僕は、知ってるんだ!あのなにを考えているのかわからない父さんがニヤリって笑ってるんだー」

「ほらー降りてー。お願いだからー」

 ミサトさんは両手を合わせてスリスリと拝み倒す。
 僕は何だか困らせたくて堪らない気持ちになって来た。だから、そういうふうに行動をした。
 当然ながら、既に何でそういう状態になったのかは頭から抜け落ちてしまっている。
 はて?僕はいったいどーしてこんな所でビールを飲んでいるんだろうか?

 A:ミユキを抱こうと手を伸ばした。
 B:ビールを片手にミサトさんに絡んでいる。

 どうにも合点が行かない。A点とB点のつながりがつかないのだ。
 脳内のシナップスが考える事を拒否しているみたいに動いたのか。

「ぜったい僕はここを動かないぞ!悪巧みの片棒担ぐミサトさんなんかだいっきらいだー」

「このとおりだから・・・。駄々こねてると、実力行使するわよ?」

「ほっほー。実力行使ねぇ。そこまで言うんだね。やっぱり僕を裏切るんだ。ミサトさんは」

 げっぷ、とツーンと鼻が痺れる。込み上げて来る涙を拭いながらぼんやりと前屈みになってナビシートの僕を下ろそうと見紛えるミサトさんの胸に目の焦点が合う。

 はてはて?何でミサトさんは胸が大きいのだろう?ヒカリの倍はあるぞ、と思った。
 ともかくその後、ぷっつりとカンペキに僕は潰れた。
 僕にとってビールといってもアルコールは鬼門なのだ。



 ふと気が付くと真っ暗な部屋に立っていた。足腰がくにゃくにゃになっているので、何か非常に柔らかい物に支えられていた。柔らかい何かは片腕を僕の脇に入れて支えながら揺すり囁く。

「・・・シンジ君、シンジ君。シンジ君、起きて」

 やけに色っぽい声だった。

「ヒカリ、だめだよ。ミユキが起きているかもしれない」

「シンジくーん起きてよー。アタシがクビになったらあなたのせいだからね!」

「もう、しょうがないな」僕は揺さぶる腕を取って引き寄せた。

 その瞬間にパッと辺りが明るくなった。

「だ、大胆ね。貴方たち」

 しょぼしょぼの目にまぶしい光で僕は状況がさっぱり解らない。
 何か、きいたふうな声が聞こえたので目を擦ってそちらを凝視すると、水着の上に白衣を羽織った大胆な格好の女の人が居た。
 当然ながら、僕はこの女性を知っている。というか、その被害を受ける立場に陥っていると思った。

「や、やっぱりだ!酷いよ!また僕を変な事に使う気なんだな!」

「サードチルドレン、目覚めたようね」

「リツコさん!僕は、リツコさんが何を言っているのか解らないよ!」

「リツコ、その言い方」

 じろりとミサトさんを目で騙されるとリツコさんはポケットから右手を出して言った。

「・・・そうね。シンジ君。この指、何本か解る?」

 と、リツコさんは指を目の前でゆらゆらとうごめかせたのか、ともかく。

「二・・・三本かな?」

 目を擦り上げて焦点をあわせる僕にこめかみを押さえて言う。

「これを飲みなさい。アルコール中和剤よ」

 僕は素直に受け取り飲み下してから、しまった!と思った。

「え・・・。何を、僕に何を飲ませたんですか?」

「だから、アルコール中和剤よ」

 嘘だ。
 リツコさんはいつもその目で僕に嘘をつくんだ。僕は思った。
 僕はミサトさんに支えられている事に気付き、慌てて離れた。

「きっと・・・」
 僕はうめいた。
「これから僕は、髪の毛から緑色の触手が生えた多足生物に生まれ変わるんだ」

「リツコ・・・。本当に、今の単なるアルコール中和剤だったんでしょうね?」
「・・・そのはずよ」



 意識がしゃんと戻って来る。僕は、どこか非常に見慣れた所に立っている事に気が付いた。そうだ、忘れもしないショッキングな場所だった筈だ。

 僕は、見回して納得した。ここはケージ。エヴァのある所。

 待てよ。エヴァは三年前に全て消えた筈だ。たったひとつ残った初号機は宇宙で、確か土星軌道上にあるはずで。

 認めたくなかった。
 僕は、頑張ったんだ。そして、ほぼ完璧な補完が成り立った筈じゃないか。
 経過はともかくとして、結果的に世界は完全な姿に戻ったじゃないか。
 ところが、僕の記憶が勝手に上を向かせた。
 ・・・ミサトさんは、今は2015年だといった。
 蝉の異常発生した年だった。寝苦しい夜の続く、悪夢のような日々。

「父さん」

 僕の出した声は、見下ろされる色眼鏡に反射し、その中にある瞳までは届かない。

「久しぶりだな。シンジ」

「・・・わかった」

 どうやら、僕は本当に、時間を逆行し、寄りにもよってあの時に戻って来たらしい。そういう実感が沸いて来た。

 僕は言った。

「父さん、出撃だね」

 ぎゅっと結んだ口髭の中から声は聞こえた。

「そうだ」

「わかったよ、父さん。後で、話があるんだ!」

「ああ、私もだ。シンジ、赤木博士に説明をしてもらえ。そして、お前がそれに乗り、戦え」

「わかったよ」

 半ば、僕と父さんのやり取りに呆気にとられたミサトさんが言った。

「待って下さい!この子はまだ訓練も受けていないんですよ!それに、あの綾波レイですらシンクロに七ヶ月も掛かったんです!」

「・・・問題は無い。本人がやるといっているのだ」

「しかし!」

「ミサト、パイロットは他に居ないのよ。可能性は、少なくともあるわ」

「何言ってんのよ!ゼロじゃないというだけじゃない!」

「口を謹め」

 僕は、奥歯を噛み締めて父さんを睨み上げるミサトさんの肩に手をおいた。
 何だか、もう少し高かったように思える背丈が、それほどでもないように思えた。

「大丈夫です、ミサトさん」

 その時、あたりは鳴動した。

「ヤツめ、ここに気付いたか」

 父さんの声が響く。

「危ない!」

 僕をめがけて落ちて来た鉄材が、エヴァの手に弾かれ飛び散る。

「そんな!エントリープラグも挿入されてないのに!」

「後で説明します・・・。リツコさんは気付いてるんでしょ?」

 じっとリツコさんは真剣な目で僕を見つめる。それは、見忘れた表情だった。

「そうね。興味深いわね」

「後で、説明しますよ。安心して下さい、立派なデータが取れますから」

「どういう事?」

「・・・初号機が起動するって事ですよ」

 いぶかしむように見る目が、僅かに揺れる。僕が、父さんから説明を受けているとでも思っているのだろうか?
 そんなことがあるわけがない。
 ほんらいだったら、僕はここで取り乱して、重傷の綾波が乗せられる所だったんだ。
 しかも、完全に僕には何も説明など無く、とにかく乗るようになってしまう。
 僕は、言った。
「綾波・・・」
 それは、誰にも届かないささやきだった。僕の癖が再発していた。ここ一年はまるきり出なかった癖だった。
 ・・・右手が、ゆっくりと動き、開閉をくり返し、握り締められる。

「第一次接続開始します」
「プラグ注水」

 LCLが満たされるのを僕は平然と待ち受ける。血の匂いのするしかし、何故か安心するエントリープラグ・・・僕は、ゆっくりと息をつく。ここには母さんが居るんだ。

「問題無い」

 父さんと本当の家族のようになると、どうやらその口調は伝染してしまうようだ。僕は、何だか偉そうな気分でそう言った。

「父さんに似てました?」
 実は、結構自信があった。時々練習をしていたのだ。
 ・・・もっとも、ミユキが恐がるのであまりやらないが。
 ミサトさんが吹き出す。緊張をしているのは、発令所の皆の方だな、と僕は思った。
「さすが、おっとこのこ!けっこう余裕あるじゃない」

「はは、慣れてますので」
 口の中で呟く。
「エントリー開始します」
「第二次接続、ハーモニクス正常」

「凄い!シンクロ率40!60!まだ上昇します!」
「178%・・・有り得ないわ」
「自我境界線も、安定しています」
「プラグスーツも着てないのよ!」

 発令所の全ての人がどよめく。
 サードインパクト時、完全に初号機と一体となった為か、或は、その魂の有り様を知っているその為か、僕は有り得ざる数字を叩き出していた。不思議に感動はない、と思った。
 ただ、僕は眼差しを向ける。それは、力強いミサトさんの瞳と絡み合った。

「いける!」

 ミサトさんの声に、軽く肯く。
 僕は目を閉じ、忘れ掛けた感覚を呼び戻す事に集中した。

 いける。

 ・・・そうだ。僕は、やれる。

 射出時の急激なGの中、ただ、ミユキの笑みが僕の脳裏を過ぎて行った。

「エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!」

 ビルの影から、人間を模した有り得ざる異形の姿がゆらりと現れた・・・。

 そうだ。僕は、やれる。

<続く>



<第3話へ>


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