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第三新東京市ぱられるふぃーばー


「ミユキ、さあ、お昼寝しようね。父さんとリツコさん、今日は・・・、ははっ、今日もだね。遅くなるって」

 幸いにしてミユキは、母さん似だ。女の子は父親に似ると言うけれど我ながらあの父さんに似ていたら問題だったと思う。
 その点、ミユキは幸いだった。
 まだ、一才のミユキはリツコさんのいい所だけ貰ったような・・・兄バカと呼ばれても仕方ないけど、本当に天使という形容が良く似合う。
 仕事がら忙しい二人に代わり、僕が育てた僕の娘と言っても良いのかもしれない。
 欲目じゃなく、僕はこの子はとてつもない美人に成長するに違いないという確信を抱いていた。
 ミユキも僕に良くなついた。リツコさんが嫉妬して「母親失格ね・・・。無様ね」って言ってたくらいだ。僕は僕で、何だか必要にされているような、自分の居場所として僕が選ばれているようなそんな誇らしげな暖かい気持ちに包まれる。
 夜泣きが結構酷くても、だから僕は、いつも過保護なくらい可愛がってしまう。
 きっと、これはしょうがないんだ。
 だって、ミユキは天使だもんね。
 僕は、微笑むとミユキが寝付くのを見守っていた。

 こんな幸せに僕が見舞われるなんて想像した事も無かった。
 僕の天使、天使、天使。
 ミユキ・・・。
 彼女が生まれるまでの自分を振り返り、それがほんの一年前だというのに、遠い遠い昔のように感じていた。

 ”あの”時、気が付くと僕は、アスカに縋って恥ずかしいぐらいに泣きじゃくっていた。身も世も無く・・・っていうんだろうか?
 ともかく、僕は全てが悲しくて、自分が決断しなくてはいけない現実が、そうせざるをえない状況が悲しかった。
 結局、サードインパクトは起こってしまった。
 人的被害は、不思議な事に何にも無かった。
 そして、望む物が居るならば・・・これはリツコさんの受け売りだけど、生き帰ってしまったらしい。
 ま、たった一人・・・三人を除いて、だけど。
 世界中の病気や怪我などを負った人は、全部イメージを残して治ってしまった程だ。
 まあ、死んでしまった人達が生き返るくらいの奇蹟があるんだからそのくらいは不思議じゃないだろう。
 だから、お腹を打ち抜かれたミサトさんや、額を打ち抜かれたリツコさん(今でも、夫婦喧嘩の時言ってる。その度に父さんは本当に済まなそうな、寂しそうな顔をするんだ)三号機での、あのトウジの無くなった足ですら治ってしまった。
 そして、アスカ・・・。
 アスカを、僕は何度も殺そうとしたらしい。
 元々、僕は、アスカが恐かった。
 アスカだけじゃないけれど、他人が恐かったんだと思う。
 ここでもリツコさんの話だけど、アスカが僕にとっての他人の象徴だったらしい。
 僕みたいなヤツの為に、アスカが傷ついた。
 そう聞いて、申しわけなさで苦しかった。
 アスカは、今、ドイツに戻っている。
 向こうで、中学からやり直しているという事だ。友達も多く出来て楽しくやっているんだそうだ。
 ま、それはアスカの親友である元委員長のヒカリから聞いた話だけどね。

「三年か・・・」

 僕は、幸せそうなミユキの寝顔に目を細める。

 二年前までの僕は、有り体に言うと荒れて居た。
 再会された中学にも行かないで、まだ再建されていない廃墟の辺りをうろついて煙草を吸って暴走族崩れの奴等と喧嘩をしていた。
 人と解ろうと思い、そして戻った、選んだ現実はやはり辛い事ばかりだった。
 逃げ場を求めて、さ迷い歩き、チンピラと喧嘩をする日々が続いた。
 僕を再三、学校へ通うようにと誘うヒカリにも辛くあたっていた。
 彼女は、いの一番に疎開先から戻って来た一人だった。
 そして、ケンスケ、トウジが戻る。
 もっとも、トウジは病院での検査が続いたらしいので、会う機会は無かったが(あの頃の僕に、トウジを見舞うことなんて出来る訳が無かった)近くには居たらしいのだが。
 トウジに殴られ、ケンスケに殴れても、僕はその生活を変える事はなかった。
 終わり避ければ全て良し。
 そういうふうには、なかなかいかないもんなんだよな。
 アスカが帰国し、ミサトさんが加地さんと結婚して松代へ移り、ばらばらになった家族は僕のそのときの心を象徴していたのだろう。
 自分を好きになれるかもしれないという淡い希望は、煙と消えてバラバラになった心は鋭利なガラスとなって僕を切り刻み、なけなしの自分を痛めつける事で現実を維持する毎日だった。
 父さんとリツコさんは、結婚して幸せに暮らしており、その中に入る勇気も僕には無く。
 ただ・・・傷つき、その度に現実を噛み締めながら生きる事。
 それが僕の全て。
 死ぬ事は、僕を初めて好きだと言ったヒトへの冒涜となるだろうと思い、生きる事だけが僕を今に縛っていた。

 そう・・・この、僕の天使が生まれるまで。

 ヒカリが言うには、見違えるくらいかっこよくなったんだそうだ。
 彼女には感謝している。
 あの頃に僕を気遣ってくれたのは、彼女だけだった。
 そして、今は、僕の彼女になっている。

 ピンポーン。

 インターホンからは、いつものようにヒカリの声が聞こえる。


「シンジ!」
「早かったね。今、ミユキが寝付いたとこ」

 合鍵は渡しているんだけど、ヒカリは僕に鍵を開けてもらって迎えられるのが好きみたいだった。

 高校生になったヒカリは、一言で言うならばキレイになった。
 そばかすも目立たなくなり、髪も下ろして今はショートにして居る。
 元々、愛敬のあった顔立ちは、より可愛くなって。
 体の線も女になった。
 その点は、確認済みなので自信を持って言える。

 ヒカリは、まず妹の部屋に向かい寝顔を見る。

「ああん、今日も可愛い」
「僕の妹だもん」

 胸を逸らして言う僕に、ヒカリは吹き出してコロコロと笑った。

「わ、笑う事ないだろ」
「そうね。シンジの妹だもの、綺麗になるわよ」
「当たり前だよ。なにせ、僕が育てたんだ。将来は女優かモデルか・・・きっと、頭もいいに決まってる。何しろ、リツコさんの血を引いているからね。そうすると、女弁護士かもしかしたらスチュワーデス、看護婦さん、教師・・・というのも良いかもね」
「あら、今一番の女の子の憧れは、ネルフの職員よ?」

 ちゃかしてヒカリは言う。

「ネルフの女性はみんなみかけ倒しばっかりだからだめだ」
「もう、シンジったら」

 ヒカリは本当に良く笑う。

「喉乾いたよ。お茶入れてくれない?」
「紅茶でいい?」
「うん」

 台所で忙しくパタパタと動くヒカリの可愛いお尻を見ながら、僕は、幸せを噛み締めるのだった。
 後ろから抱きしめてキスしたいな。
 プリプリと動くお尻を眺めていると居ても立ってもいられなくなる。
 僕は、突然閃くと立ち上がってこっそりとヒカリの後ろにまわるとヤカンをレンジに乗っけた時を見計らってぎゅっと抱きしめた。
「きゃん!」

「今日・・・どうかな?」
「・・・シンジ」
「ゆっくりしていけるんでしょ?」
「今日は・・・」
「ダメ?」
「ふふっ、大丈夫」
「本当?」
「今日は、コダマおねぇちゃんが休みなの、有給余ってるからって。だから・・・夕飯は作って食べると思うし」
「そうか」

 僕は、さっき考えたようにたっぷりとキスをした。

 そうしていると、ミユキが泣き出す。

「もう・・・」

 と、名残惜しそうなヒカリを尻目に僕はダッシュでミユキの元へ向かう。
 時々、ヒカリは、ミユキに嫉妬するといっていたけど、これは致し方ないのだ。

「ミユキ、どうしたのかな?」

 おむつかな?この時間だと、ミルクかもしれないな。
 そんな事を考えながら、抱き上げようとした時。

 それが起こってしまった。

 ミユキに向かって差し出した手が、透き通り。
 驚愕する中で、それはあっというまに全身を侵食する。

 なんだよ!何だよこれ!
 僕は、悲鳴をあげてヒカリを呼ぶ。
 足音が、遠く感じられる・・・。

 ダメだ・・・。

 ミユキが泣きながら僕に向かい手を差し伸べる。

 ああ、通り抜けるよ。ミユキの小さな手を握る事さえ出来なくなる。

「ミユキ」

 薄くなる意識の中で、僕が何とか言えた言葉。

 僕は、錯乱するわけにはいかなかった。
 だって、ミユキに心配をかけてはいけないと思ったから。
 最後は、無理をして笑った。
 何がなんでも、笑うんだ。

 みゆき、ミユキ、ミユキ。

 意識野が全て白色に包まれようとする時、ヒカリの悲鳴が聞こえた。

「イヤーーー!!シンジ!シンジ!シンジー!!」

 おこりに掛かったみたいに震えて腰砕けて、それでも僕の方に這って来る。
 僕は、ヒカリが心配しないように笑った。泣かないで、泣かないで、ヒカリ。
 僕は、ここにいるよ。

 そして、その時だった。
 あの歓喜につつまれた瞬間だ。

「ぱぱ」

 僕は、驚いて振り帰った。

 必死に手を伸ばして僕が添えた腕に、通り抜けるのに何度もつかもうとして。

「ぱぱ!ぱぱ!」

 ミユキ。

 僕の掴んだミユキの小さい拳は、やっぱり透過してしまう。

 どんどんと辺りが稀薄になる。

 そして、簡単に意識は白濁してしまった。



 僕は、突然覚醒した。
 何故だか電話の受話器を持って居た。

「ミユキ!」

 何処かで見たような風景が広がっていた。
 そこは道端で、公衆電話でどこかにかけようとしていたのだろうか?
 僕は、見回す。
 照り付ける夏の日差しに、通りの向こうに彼女が居た。
 蒼髪に真っ白い肌。中学校の制服。
 赤い、赤い瞳!

「綾波、どうして」

 鳥の羽音、そして、そして。

「使徒だ」

 ビル群の向こうに、あのヒトの形に似た物が光の槍を振りかざし、浮かぶ戦闘機を叩き落とし、ミサイルを潰す。

 馬鹿な。

 流れ弾が落ちる。爆音、爆風が僕を嬲る。

 間違いない。

 走り込み、爆風から僕を守る青い車も記憶の通りだ。

「碇シンジ君ね!私は、葛城ミサトよ。さ、早く乗って!」

 何がなんだかさっぱり解らないが、僕は、ナビシートに入り込み、四点シートベルトをきっちりとしめていた。

「ミサトさん。何でまた使徒が攻めて来たんですか!17体で、最後だって言ったじゃないですか!」
「へ?・・・ちょ、ちょっと。シンジ君、頭打ったりしてないわよね?」
「馬鹿にしないでください。僕は正気ですよ・・・解った。またリツコさんが父さんとグルになって、僕を騙そうとしているんだ。タチの悪いジョークをまた変な怪しげな器材をこんな事があろうかと、とか何とか良いながら、使って・・・」
「ちょ、ちょっとシンジ君?」
「ミサトさんもミサトさんです!僕を見捨てておきながら、悪巧みの片棒を担いだりなんかして・・・そんなに、そんなに僕を苛めて楽しいんですか?」
「え、え?え?」
「答えてよ!ミサトさん!」

 その時、轟音と共に形容しがたい衝撃が襲った。
 車ごとその衝撃に跳ね飛ばされ、視界が反転する。

「N2爆雷か、ててー。シンジ君、大丈夫?」
「は、はい」

 騙されているかはともかく、車が逆さになっており、ミサトさんは強ばった笑みを浮かべていた。

「それじゃ押すわよー」

 と、車を戻す。
 途中で、ころがっている車からバッテリーを頂戴する所まで”同じ”だった。

「シンジ君、IDカード貰ってない?」
「え?」
「IDカードよ。送ってもらってないの?」

 僕は、記憶を頼りにポケットを探す。
 そうだった。
『来い』
 と、たった一言書かれた手紙。ビリビリに破り・・・そして、セロハンテープで張り直したボロボロの手紙。
 折り畳んだ、その間に、それはあった。
「これ・・・」
「ふぅん、んじゃあ、これ読んどいて」
「・・・”ようこそネルフ江”」

「ミサトさん。怒りますよ」
「な、何がよ。私だって・・・」
「車のローンとかですか?そんなの終わってるじゃないですか!大体、わざわざ昔乗っていたルノーまで用意して・・・。そんなに、僕を怒らせたいんですか?」
「そうよ、悪かったわね。リストアしたばっかりだったんだから!おろしたてのスーツも・・・く〜!!って、なんでそんなこといちいち!」
「ふん!どーせまた、僕をかつごうとしてるんでしょ!いい気味です」
「あんだってー!」
「は、ハンドルー!!」

 不用意な事は、ミサトさんがハンドルを握っている時は言わない方が良いな。恐怖にドキドキと暴れる心臓をなだめながら思う。

「カートレイン・・・ジオフロントですね」
「すっごーいでしょう?人類再建の要よ♪」
「・・・あの、それでどこまで芝居を続ける気ですか?あんな使徒の映像まで使って!また、エヴァにでも乗れって言うつもりだとか?」
 僕は、あくまでも冗談で言ったつもりだったんだ。全然面白くもない、できそこないのそれもタチの悪すぎること夥しいトリックの数々に、あの意地の悪い父さんと技術力だけは世界一のリツコさんが組んでの嫌がらせと信じて疑わない。
 大体、あの二人はぼくを何だと思ってるんだろう。・・・ミユキを抱いてやる事よりも重要な仕事なんか、この世には無いのに・・・ほっぽりだして・・・まあ、それはミユキの世話を僕が見れるので好都合だけど。
 そ、そう言えば、ミユキは。
 ミユキは、どうしているんだろう。
 昼間じゃ父さん達は当然ながら、仕事中だ。どこかに預けるにしても、近所の評判がすこぶる悪いウチにそんなしりあいがいる訳でも無し。
 だいたい、ネルフ関係者は日常生活無能者ばかりであてにならない!
「み、ミサトさん!ミユキは、ミユキはどうしているんですか!」
「誰よそれ、シンジ君の彼女?」
「何とぼけてるんですか!ミユキですよ!ミユキ!僕の妹ですよ!まいったな。まさか、家に一人で・・・ヒカリに連絡しておこうかな」
「・・・んー、所でシンジ君?」
「何ですか!」
「ど、怒鳴らないでよ。アタシのせいじゃないんだから」
「せいじゃないって!?馬鹿にしないでください!いつもいつもいつも!あの二人に振り回される僕の身にもなって下さいよ!」
「いや、僕の事なんてどうだって良いんです。ミユキは・・・」
「だから、それ何の事よ。私は知らないよん。だって、シンジ君を迎えに来ただけだしぃ・・・だいたいどうして、貴方がエヴァ何て知ってるの?」
「知ってるの?って」
「どこまで司令に説明されたか解らないけど、貴方と会うのは私、はじめてよ」
「え?」
「・・・どうして、あれが使徒だっていうのが解ったのか。教えてくれる?」
「ミサトさん・・・?」
「それに、その呼び方。ちょっち馴れ馴れしいんじゃなーいの?シンジくぅん?」
 ・・・幾ら二人の仕業としても、手が込んでるような気がする。
 ふと、いつか見た古典SFの事を思い出す。
 リツコさんの書斎には意外な事にそういう本がかなりの数でそろっているのだ。
「ちょっと待って下さい。ミサトさん。今・・・いや、良いです。ははは。まさか」
「なによー。最後まで言いなさい」
「・・・では、一応」

「今日は、何年、ですか?」

「やっぱり何処か打ったんじゃないの?2015・・・・」

 その先を遮って、急いでルームミラーで自分の顔を確かめた。
 うっ。
 三年前の、僕だ。

<続く>



<第2話へ>


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