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Original Novels
光の使徒
第一章 ヴァンブリア編
第一話「爆弾魔」
9.
見上げた空には、太陽が目に入らず、それをガラテアは少し惜しんだ。天空を貫くよう、多くのコンクリートのビルが高々と連なる。
時間的にはそろそろ日が傾き始める頃なのか、近場に存在する街灯に光がつき始める。
ガラテアは目の前にある階層移動用エレベータの前に立つと、後ろを振り返った。
「シオ……今日はありがとうございました」
彼はそっぽを向くようにしながら軽く「ああ」と答えた。彼なりの照れ隠しだった。
本来の彼は、ガラテアを見送る為に、ここまで来ることは無い。今日はどういう気まぐれか、付き合ってくれていた。
「腕は早めに治せよ」
エレベータに乗り込むガラテアの背に、シオは声をかけた。閉まるエレベータのドア越しに、彼女は笑顔を返した。
ガラテアは軽い浮遊感を感じながら、背をエレベータの壁につけた。それに身を任せると心地よい……。
ふと携帯端末が気になり、小物入れから取り出してみると、いつの間にか着信があったことが分かった。カード大の小さな光ディスプレイに、差出人がゼッツと表示される。
ガラテアは余り興味が無さそうにその件名に目を通した。
「いつものところで待つ -title only-」
そう短絡的な文章のみがテキストにされている。
エレベータが目的の上層部へたどり着くと、ドアが開き、丁度数名の利用者が乗り組んでくる。ガラテアはそれらを避けるように、エレベータから身を乗り出した。
すれ違った何人かが彼女の左腕の傷に気づき、軽く悲鳴をあげたが、ガラテアは気にせずその場を去った。
ヴァンブリアで大怪我をして、そのまま歩く者は……少ない。
雨の似合う店……「コールレイン」は、落ち着いた雰囲気の、割と歳の行った貴婦人に人気のある店だ。観葉植物やハーブなどがあちらこちらに植え付けられた洒落た喫茶店で、店のシンボ
ルカラーであるオリーブ色のイメージを、一層際だてていた。
この店は、雨の日になると、風情を好む女性客で賑わう。普段も一人の中年男性がいるのは似つかわしくない店なのだが……。
「はっはっは……そんなに堅くならなくても」
店の主人は、カウンター席に座り、独りぴりぴりしている男に話しかけた。
「どうにも落ち着かなくてなぁ」
声をかけられた男性は、四十代半ばに入るかという店主に返事を返す。
「元々俺の趣味じゃないんだが……」
中年に当たる彼は、確かにこの店の雰囲気に合っているとは言い難い。
「そう言いながら、いつも来てくれるのは、ありがたい事ですがね」
主人は男のティーカップにハーブティーを注ぐ。
「悪いなマスター……。かれこれ3時間もゆっくりしちまってるが……」
「いいえ、あなたはなかなか人気者でして、こちらの商売としても助かりますよ」
店主はほらと言って顎で店内にいるお客の一団を指した。彼がつられてそちらに目を向けると、齢40代前半の婦人方と目があい、絶句した。彼女たちは熱い視線を彼に送っている。
「まぁ助けになるなら幸いだな……」
彼は何かを納得させるような口ぶりで言いながら、ティーカップに口を付けた。本日、何杯目かになるハーブティーだが、口にする度に何とも言えぬ安らぎを覚える。
「それにしても遅いな……。あの女がここまで遅れる事は無いのだが……」
「デートでしょうかね? とっても美人ですし」
少し物寂しそうに愚痴を零す彼に、主人はサラッと答えた。
「それは……!」
彼は何かを言いかけて、口を詰まらせた。
マスターはあっはっは、と大声で笑うとカウンターの奥へと戻っていった。
それを見た彼は、ふぅ……とため息をつき、落ち着かない様子でティーカップを見つめていた。
「ふぅ……」
ガラテアはため息をついた。左腕から激しい痛みが走り、苦痛に呻く。
彼女は、悪魔の直撃を避けたつもりであったが、予想以上の被害を受けた。
油断大敵か、と自らを戒め直す。
ふと空を見上げれば、雲行きが怪しくなっていった。
高度の高い浮遊大陸での天候は変わりやすい。天候操作装置が無ければ、ひどく荒れ狂うことだろう……。
そろそろ雨だな、と彼女は考え、今向かっている店の事を思い出した。
あそこの店のハーブティーは、美味しい……。
疲れた心を、癒してくれるだろう……。
半ばいじけた様子の中年男性を目にし、店の主人……ワードナーは苦笑した。
カウンター席の客は、約束をすっぽかされたのか、暗い表情でティーカップの表面を眺めている。
あれから更に1時間、彼のファンである貴婦人方も、精算を済ませていた。
ふとワードナーは、店の外に人影を見つけると、席に着いた男へ声をかける。
「お嬢さんが来たようですよ」
「来たか……」
疲れたような表情を浮かべ、彼は振り返った。
その時には丁度、目的の女性が店へと入ってきたところだった。
ガラテアはカウンター席に着いたゼッツの姿を見つけ、その後ろ姿が疲れた様子を宿している事に、多少の罪の意識を感じた。恐らく長時間待っていたのだろう。
こちらに気づかぬ振りをしているが、先ほど姿を確認した事を、彼女は分かっていた。
「お待たせしました」
ガラテアはどこか哀愁の漂う彼の背中へ声をかけた。いつもの着古したスーツに、乱れた襟……。彼らしい服装だと、彼女は苦笑した。
彼の返事は、振り向きもせず「ああ」と返ってきただけ。ガラテアは、その様を気にもせず、隣のカウンター席に着いた。
席に着いた女性を確認したワードナーが、店の奥から声だけで尋ねた。
「お嬢さん、いつものですか」
「ええ……お願いします」
その後、彼女は小さくため息をつく。ガラテアの瞳に、カウンター席の前に置かれた観葉植物が写り、彼女の心には何となく落ち着きが広がった。
「どうした、ため息なんてついて」
ゼッツはガラテアの方を見ようともせず、そう口を開いた。手にしたカップを口に運ぶ。
その様子に彼女は一瞬視線を送り、彼の口にしたカップを惜しそうに見つめる。
「少し、疲れました……」
その台詞を聞いて、さすがに何かあったのかと、ゼッツはガラテアの様子を窺った。
彼女はどこか虚ろな表情で、ぼうっと前の植物を眺めている……。ゼッツはそれに見とれた。
黒く長い髪の毛に、漆黒のドレス……。ゼッツは顔に向けていた視線を降ろし、胸の膨らみに目をやった時、彼女が気づいたように顔を向けてきた。
彼は慌てて視線を反らそうとして……気づいた。
「どうしましたか……?」
彼女は怪訝そうな表情を浮かべるが……。
「お前、その腕はどうした!?」
その時、初めて彼は気づいた。ガラテアが大怪我をしている事に……。
左腕を布で動かないように固定しているが、その布がどす黒く染まっている。
「……」
ガラテアは一瞬顔をしかめ、そして、
「遅いです……」
と、ボソッと呟いた。
「すまん……」
ゼッツが謝ると同時に、カウンターの奥からワードナーがハーブティーのカップを右手に、姿を見せた。左手にはプディングが持たれ、気の利く店主の人柄を連想させる。
「お嬢さん、その傷は……」
ティーカップ等を置きながら、彼はガラテアの怪我にすぐに気づいた。
ガラテアは隣に腰掛けるゼッツを睨む。
彼は一瞬気まずそうな顔をしたが、すぐに思い直したように席から立ち上がった。
「メディカルサービスへ行くぞ」
ゼッツは強い口調でガラテアに言い放ち、彼女の右腕を取った。
「でも、折角のプディングが……」
「治してからにしろ」
珍しく強気な彼に、ガラテアは仕方なくと言う雰囲気で立ち上がった。動かすと痛みが走り顔を歪めたが、それよりもハーブティーの方が気になった。
「マスター……折角出してくれたのに、すみません」
「いえいえ、また今度来て下さいね」
彼女は申し訳なさそうに言葉にし、ワードナーは応じる。
店を出て行く二人を見送り、店の主人は小さくため息をついた。
「全く、無茶をする方です……」
そして彼はふふっと小さく笑った。
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