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Original Novels
光の使徒
第一章 ヴァンブリア編
第一話「爆弾魔」
8.
「あの女……生き延びると思う?」
エリシークはそっと口を開いた。
彼女は豪華な寝台の上に横たわり、ぼうっと天井を眺める。
「ん〜……あの女の子の事?」
その寝台の片隅にある椅子に腰掛け、返事になっていない返事を返す愛名。
二人は小さな小部屋の中にいた。エリシークの寝室だ。
部屋は殺風景で、少し変わった骨董品のようなものが置かれているくらいで特徴が無い。ただ天井は吹き抜けのように高く、かなり上方でガラス張りになっていた。今は昼間であるため、少
し眩しいが、夜になれば綺麗な星空も覗くことが出来るだろう。
「でもなんで急にあんなの出したのぉ? 予定じゃしょぼい奴呼び出して確認するだけじゃなかった?」
愛名は悪魔の巨人のことを言っていた。以前のエリシークの話では、更に力の弱い悪魔を呼び出すはずだった。
「あの女……似ていたから」
彼女は愛名とは逆方向に寝返りを打ち、顔を背ける。
「ん〜……」
何か思い当たったのか椅子に腰掛けた気楽そうな女性は、天井を仰ぎ見た。日はまだ高いのか、眩しい光が瞳を刺す。
「あの子にかぁ……。確かにちと似てる気もするけどねぇ……」
誰に、とは彼女は言わなかった。
「ま〜、どっちでも関係無いっしょ。死んだら同じ死体よぉ」
あははは、と愛名は笑い声をあげ、逆を向き寝ているエリシークの様子を伺った。
しかし彼女は特に反応も見せず、静かにしていた。
カチカチっと機械仕掛けの時計が時を刻む音だけが部屋に聞こえてくる。
「ま、どちらにしろ……あのデーモンは何とかして貰わないと、ねぇ」
クスッと愛名は笑ったが、エリシークはそれに気づかないのか、そのまま静かな寝息を立てていた。
愛名はその小さな身体に、薄い掛け布団をかけると、自らは部屋を出て行った。
「直撃に気をつけて」
ガラテアの警戒が飛ぶ。
その言葉のすぐ後に、巨大な悪魔の拳が、シオに迫った。
ゴォンという風を切る音が響き、その拳は彼の目の前を通り抜けた。
「……っ!」
シオはその拳の持つ威圧力に舌打ちした。
身につけているコートが、デーモンの振るった拳の後を追うように引っ張られる。
彼はバックステップを踏み、悪魔から多少の距離を離すと、コートを投げ捨てた。
白いコートが床に散乱した、輝く破片の上に被さる。
「直撃で無くても、危ないな」
シオは後方にいるはずのガラテアに応えた。彼女の姿を確認したいが、不用意に悪魔から注意をそらすわけにはいかず、それも出来ない。
「戦えるか……?」
シオはガラテアに尋ねる。
「私は……」
彼女から返ってきたのは、自信のなさそうな返事だった。
再びデーモンの拳が繰り出される。今度は上から叩き潰すように、その太い豪腕を振り下ろす。かなりの速度を伴った一撃を、シオは横に倒れ込む感じでかわした。
凄まじい音が部屋全体に響き、悪魔の拳が命中した床は衝撃でクレーター状に沈没した。
「生きろよ……」
彼は一瞬だけガラテアの方に目をやり、シオは敵に集中した。
「それは……」
どういう事……と続けようとして、ガラテアの台詞は遮られた。
『がぁああ!』
いつの間にか彼は、シオは、デーモンの脇の下に回り込み、鋭い剣戟を叩き込んでいた。彼の刀は悪魔の巨人の皮膚を切り裂き、その血を流させる。その血が赤い事を、シオはこの時初めて
知った。
デーモンは怒り狂いその自慢の豪腕を振り回す。普通の生物にしては浅くない傷であろう程のダメージを受けながら、悪魔は身体を大きく暴れさせる。傷口から血が溢れ出るが、気にする様
子は無い。それは、恐るべき生命力を発揮していた。
シオは暴れ狂う暴君の打撃を、その動きをよく見てかわしていた。少しでも無駄な動きをすれば捉えられる。彼はそう感じていた。
凄まじい拳圧に耐え、絶え間なく続く攻撃をかわし続ける事に、シオは限界が迫ってくる事に気づいた。このまま攻め続けられれば、遅かれ早かれやられる、と。
その時、彼の視界の隅に、デーモン以外の動く陰が入った。悪魔もそれに気づいたのか、そちらに注意を向ける。
一瞬攻撃が緩んだ瞬間を付き、シオは左腕を斬りつけた。それは両断するには至らなかったが、直径の半分を程を切り裂いた実感を、彼は持った。
すぐに繰り出される悪魔の左腕による薙払い。シオが避けると、その腕は地面に突き刺さった。
『がああぁあ!』
しかしその腕は、シオの剣により多大な損害を受けていた事により、地面を殴りつけた衝撃でぽっきりと折れ曲がった。
怒り狂ったデーモンは形振り構わず暴れた。シオは距離を取り間合いを離そうとして……先ほどの陰が、ガラテアであった事に気づいた。彼女は暴れる悪魔の攻撃範囲にいる……。
「退け! ガラテア!」
そのシオの忠告も虚しく、彼女は悪魔の一撃を受けてしまう。ガッと言う音が響き、彼女は錐揉みするように吹き飛ばされ、壁に叩き付けられていた。
その様子を目にし、一瞬呆然としたシオは、隙を作ってしまっていた。怒りのなかにも狙いをすました悪魔の一撃が、彼をも襲う!
「……!」
シオが強打を受けることを覚悟した瞬間、デーモンの身体に蒼白い光が取り付いた。輝く縄状のものが悪魔を縛り付け、その動きを封じる。悪魔は声にならない悲鳴を上げた。
彼は一瞬何が起こったのか理解できなかったが、すぐに我を取り戻し、悪魔に止めを放った。ほぼ普通の生物と身体の構造が変わらないと見て取り、急所となる場所へ力一杯叩き込む。厚い
デーモンの胸板を切り裂くと大量の血か吹き出し、その巨体は、どうっと後ろに倒れた。
シオはその返り血を避けると、刀を腰の鞘に収める。彼は落としたコートを拾いながら、ガラテアの元へと駆け付けた。
彼女の左腕はあらぬ方へ曲がり、胸で荒い息をしていた。
「大丈夫……か?」
自信は無さそうにシオは尋ねる。彼女は床に倒れたまま……。
女性の身体に不用意に触れられないと、シオは躊躇していた。
「……はい」
少し間を置いてガラテアは答えた。彼女は顔をシオに向け、微笑みかける。
「どうして危険なことをした」
「攻め倦ねていたようですので……」
ガラテアが身を起こそうとしていたので、シオは慌てて彼女の背を支えた。柔らかな感触が伝わってくる。
「確かにそうだが……」
実際あのタイミング、隙をつくように移動した彼女の動きは効果があった。悪魔も疎か、シオですらあの動きに一瞬注意を払っていた。戦いになれているが故、発生する注意力……。彼女は
それを知っていてやっていたのだろうか。
彼女は血で染まる左腕を支えるようにしながら、左腕を覆う袖を引き裂こうとしていたが、片手ではうまく出来ない様子だった。
シオはそれを見、仕方なく手を添え、代わりにやろうとしてから、途中で口を開いた。
「見ない方が良い」
少し間を置いてから、ガラテアは再び「はい」と答え、左腕から視線を反らした。時々走ってくる激痛に「くっ……」と声をあげているが、シオはそれを無視した。
シオは自らのコートを引き裂き、丁度包帯になる程度に切ると、傷口をふさぎ、彼女の左腕を固定した。応急処置としては上出来だろう。
「ありがとうございます」
「うむ……」
ふぅと彼はため息をつくと立ち上がった。
ガラテアは壁に背を付き、目を瞑ると軽く休んだ。
「あれぇ……。もう終わっちゃったのぉ?」
その時、突然声がした。いつものことながら驚かせる彼女の台詞。
「あちゃぁ……こりゃ痛そうじゃなぁ……」
愛名は床に倒れたまま動かないデーモンの傷口を見て、率直な感想を述べる。
致命傷である。その悪魔を死に至らしめた傷が痛くないはずもない。
彼女はシオの姿を見つけてちょこちょこと近づいてきた。
「ふぅん、デストロイヤー倒しちゃったのねぇ……」
案外強いんだぁ、と彼女は続けた。その声には、どこかつまらなそうな響きがあった。
「あれをやったのはお前か?」
シオは尋ねた。彼の危機に、デーモンに突然走った光の呪縛。あの援護が無ければ、彼も無事ではいられなかったろう。
「ん〜……何のことぉ?」
彼女は口元に指を当て考える仕草をしながら、惚けた様子で答えた。
「……」
シオはそれ以上追求するつもりも無いらしく、愛名から視線をはずしていた。
「……そろそろ帰ろうと思います」
軽く瞑想をしていたガラテアは、目を開くと立ち上がり愛名に言った。
「ん〜、そうだねぇ……そろそろかぁ」
付いてきてねぇ、と言うと彼女は踵を返して歩き出した。部屋の片隅に向き、愛名が何事か語りかけると、この部屋に侵入した時と同じように、暗闇の通路が現した。
「それじゃ、また来てねぇ」
「今日はありがとうございました」
愛名の台詞にガラテアは答えると、躊躇いもなくその通路に入った。
シオは愛名にチラッと視線を向けると、彼女はクスッと笑っただけで言葉は無い。
一瞬彼は無事に帰れないのではないかと危惧したが、黙ってガラテアの後に続いた。
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