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Original Novels
光の使徒
第一章 ヴァンブリア編
第一話「爆弾魔」
7.
「マスターは無愛想だから、気をつけてねぇ」
ランプの光源に照らされながら、愛名は振り返った。クルリと身を翻すと、長いスカートの裾が浮き上がり、通路の壁をこする。
広さはそれほどもない通路を三人は進んでいた。愛名を先頭に、ガラテア、シオが続く。
「無愛想?」
シオがふと疑問に感じた事を口にし、その後しまったと口をつぐむ。
それを聞いた愛名がニヤリと笑みを浮かべ、待っていましたとばかりに、シオの方へ迫り、口を開こうとする。
ガラテアは壁際に寄るように身を引き、彼女に進路を譲っていた。
「えっとねぇ……」
しかしその次の台詞が出る前に、シオは愛名の顔を手の平で覆うように腕をつきだした。
「言わなくて良い」
「も〜……まぁ、会えば分かるぞぉ」
不満そうな声を上げながら愛名は再び先頭に戻った。
そのやりとりを見てガラテアは考える。彼女は魔術師に対しての知識は深い。そして魔術師というものが、無愛想である事が多いと言うことをよく分かっていた。もっとも彼女の考えが指す
魔術師が、ここヴァンブリアで広く知られている魔術師のイメージと違うと言うことも、また認識していたが。
通路は迷路のように右へ左へ分かれ、折れ曲がり、目的地へちゃんと向かっているのか、愛名以外は分からない。シオは段々と不安に感じてくる。
「大丈夫か……?」
彼は本日何度目かの確認の台詞を、ガラテアへそっとかけた。
彼女はチラッとシオへと視線を向け、返事はすぐに返さなかった。そして、
「……正直自信はありませんが……」と続けた。
「大丈夫、大丈夫。ちゃんとついたぞぉ。ほぉら」
シオ達の声が聞こえたのか、愛名は二人へ声をかけながら壁に手を触れている。
彼女がほぉら、と言いながらパンパンと叩いているのはただの壁だった。そしてその壁は、今までと同じような普通の通路の途中に、何の目印もない場所にある。どう見当をつけて場所を決
めたのか、一見判別がつかない。
『魔力の鳥籠よ、その守りを解き、我々を招き入れよ』
愛名が例の特殊な言語で発音すると、その正面の壁の持つ像がぼやける。目の錯覚かと思うのもつかの間に、そこには暗い穴がぽっかりと開いていた。
「幻覚……ですか?」
ガラテアが珍しく感想を漏らす。
「うん、そうだぞぉ。ただし物理的に干渉出来るし、本当にものを遮るから、実物と何も変わらないけどねぇ」
うふふ、と笑い声をあげながら愛名は応えた。
「とにかく中へ入った入った」
愛名はガラテア達の後ろに回り込み、二人を押すようにしながら声をあげる。
暗い穴を不気味そうに見ながら、シオは歩みを進めた。
暗闇のトンネルをくぐり、その闇の奥から淡い光が段々と迫ってくる。距離的には10メートル無いと思うが、体感ではかなり長い距離を進んだように思える。
穴を抜けるとそこは、薄暗い蒼い光が支配している空間だった。
大きな部屋の中心から、蒼白い光が発せられ、部屋の模様を不気味照らす。床に大きな魔法陣が描かれ、その中心に魂を司るような、その炎が燃えていた。
そして、丁度ガラテア達に背を向け置かれていた大きな椅子が目に入った。その背には綺麗な模様が書き込まれ、高級そうな宝飾が施されていた。
「マスター。お客様きたぞぉ」
愛名はいつもの様子で、その椅子に声をかけた。
四脚の椅子がそのまま向き直る。接地面から抵抗は感じられず、それは自然に向き直った。
椅子に腰掛ける主……。このギルドの主が姿を見せた。そして、その姿を目にした、シオは息を飲んだ。
ギルドマスターと思しき人物は、薄い生地の飾り衣装に身を包んだ少女。足を組み、短めなスカートからは太股までが視線に晒される。額に怪しく輝く宝石と、部屋に満たされる淡い光で正
確な色は分からぬが、綺麗な瞳が印象的だった。
彼女は冷たい視線を来客者達に向ける。
「初めまして」
ガラテアはいつもと変わらぬ様子で、挨拶をした。姿勢を正し、頭を下げる。
「ガラテアと申します」
彼女は顔を上げてから、真っ直ぐに少女の瞳を直視し、名乗った。少女は動じた様子も無く一瞬チラッとシオの方へと視線を向けたが、すぐにガラテアの方へ戻した。
「ようこそ、と言っておくわ……。私がギルドマスターのエリシーク……」
「略して、エリスって呼んでねぇ」
ギルドマスターであるエリシークの台詞を遮り、今まで静かであった愛名が突然声を出した。彼女はいつの間にかエリシークの隣におり、どこからともなく取り出した携帯用の小さな個人用
のベンチに腰を下ろしていた。
「……愛名」
顔を彼女の方へと向け、エリシークは一言だけ言った。
「あうぅ……ごめんねぇ。怒っちゃいやぁ」
少女に睨まれ、愛名は萎縮した。自らの体を抱いてガクガク震えているが、どうも芝居に見えて仕方がない。
「女の後ろにいる男。……そんなに怯えて……哀れね」
エリシークはガラテアの後方で警戒していたシオに対して声をかけた。彼は顔を歪める。
「ギルドマスター、エリシーク。訊ねたいことがあり参りました。よろしいでしょうか?」
言葉を発したガラテアの視線は、エリシークの耳元に向いた。耳たぶにも額と同じように光り輝く小さな宝石がつけられ、彼女の耳の形は先が尖っており、普通の人とは異なるものになって
いた。
つまり彼女は……。
「応えるとは限らない……」
冷たい笑みを浮かべエリシークは言った。
「ありがとうございます」
尋ねる許可を得たと、対してガラテアは優しい笑みを投げかけ礼を述べた。
二人の女は、お互い顔も背けず真っ直ぐに話し合う。
「この浮遊大陸の主要都市。そしてその地上階層に現れている魔の陰を……知っていますか?」
ガラテアはゆっくりとその台詞を言った。
「……」
エリシークは応えなかった。代わりに視線をガラテアの肩の上に浮かぶ拳大の球体へと向けた。
「もうすぐ……よ」
そして彼女はそれだけを言って、椅子ごと体をむき直した。ガラテア達に背を向け作業に戻り、状況は部屋に入ってきたときと同じ状態だ。
「ガラテア……僕はこいつらが好きになれない」
話が終わったのを見て取ったシオが、ガラテアの背に声をかける。それを聞いた彼女は振り向くと一回笑顔を見せた後、ごめんなさいと謝った。
「ありがとうございました」
エリシークの座る椅子の背に向け、ガラテアは礼をもう一度述べた。
「あ〜、まだ帰るのは早いぞぉ。これから面白くなるのにぃ」
いつの間にか彼女たちの後ろへと先回りし、愛名は言った。ここへ侵入する為に通ってきたトンネルはもはや姿を消し、どこにも無かったのだが。
『其は血の盟約。汝らが望むものを約束しよう……』
今まで聞こえなかったエリシークの声が、部屋全体に響き渡る。愛名が使うのとは別の意味を持つ力の言葉。彼女の冷たい声が、台詞の意味をより一層引き立てる。
魔法陣の中心に灯る蒼い炎が一際大きくなり、部屋は蒼白い光が強まった。光度が得られ薄暗いとは言わぬ部屋。しかしその光は目には優しくなく不快な印象を与える。
『求めるものが血と破壊と言うのならば、その力を行使するが良い。汝が力の証明として……』
ガラテアは彼女の言葉を聞きながら、魔法陣の中心が見える位置へとゆっくりと歩いた。
そして眩しい光に目を細くしながら、魔法陣のその意味を読みとる。
『拘束の檻』と『魔の門』。それらを使う必要のある儀式……。
ガラテアはシオの方を向き、ゆっくりと口を開いた。そして彼へ尋ねる。
「戦えますか?」と。
シオは彼女の雰囲気から、只ならぬものを感じ、腰の武器へ手を当てると、顔を縦に振った。
『我は招く魔の化身。その力、この場に現し、存分に破壊を楽しめ』
エリシークの呪文が終わると同時に、紅い光が部屋を満たした。今までの蒼白い光とは正反対の鮮やかな色。
そして、それは姿を現した。
紅い光の後、魔法陣には蒼い光の残光と、そして一体の異界の者が現れていた。
逞しい筋肉を持つ大きな巨体。身長三メートルはあるだろう。部屋の天井は高かったが、それでも頭をこするのでは無いかと思わせる。そして、その顔は獅子を思わせた。背には蝙蝠のよう
な翼を生やし、それが通常ならざる生き物であると物語っていた。
「なんだこいつは……」
シオはそれを目にし呆然としていた。前に見た骸骨の化け物とはまた別の違和感。嫌悪感とは違う不思議な威圧感を感じていた。
エリシークは椅子から立ち上がり、フラフラと愛名の方へと歩いてくる。
「お疲れぇ」
愛名は自分の胸に倒れ込んでくるエリシークを抱き抱えると苦労をねぎらった。
魔法陣の中心に立ち尽くした異形の者は、それらの動作に顔を向け様子を伺っていた。小動物が何をしているのか、興味本意で観察する、そんな様子だ。
しかし何か気に入らない事があったのか、魔法陣の外に向けその太い腕を突き出した。
腕は真っ直ぐと進み、魔法陣の境界線まで行くと、ばちばちっと電気が迸るような音が響き、発光が起こる。異形の者は、驚いたように手を引っ込めた。
『があぁあ!』
そして彼は、声を張り上げた。魔法陣の途切れ目と向かって、連続して腕を突き出す。人がガラスの窓を突き破ろうとでもするように。
腕が魔法陣の端に突き刺さるたびに鋭い閃光が部屋を支配した。
「愛名さん」
「愛名で良いぞぉ」
ガラテアが声をかけると、彼女の返事はすぐに返ってきた。愛名は大切そうにエリシークを抱き、頭を撫でている。
「では愛名。あの魔法陣の結界ではそう長くは保ちませんね」
「だねぇ……」
愛名はすんなりと同意する。
「う〜ん、予定じゃもっとちっこいのが来ると思ったんだけどねぇ。エリスもこんなに精気を奪われるはずじゃ無かったしぃ……」
珍しく不安げな物言いを彼女はした。
「予定外という事なのですね」
「うむぅ……。ま、予定外の事が起こるのはいつもの事だしねぇ」
あはははは、と声をあげて彼女は笑う。愉快なことだ、と。
「デーモンデストロイヤー。高い知性は持たず、悪魔族でも下っ端ながら、凶悪な破壊力を持つ筋肉馬鹿」
愛名は異形の者の正体を説明した。
「ん〜……。じゃ、後は任せるから」
そしてその言葉を最後に、彼女はエリシークを伴い姿を消した。闇に溶けるよう、二人の姿は突然消え去る。
「……」
彼女たちのやり取りを目にしたシオは言葉を失い、恨むような視線をガラテアに向けた。
それに気づいた彼女は、さすがに気まずそうな表情を返した。
そして……申し訳ございません。と口にした。
『があああ!』
一際大きなデーモンの雄叫びがあがると、魔法陣の端にあった見えない何かが砕け散っていた。それらの破片が床に散乱し、淡い光を放つ。薄暗い部屋を、それらがぼんやりと照らした。
シオは鞘から刀を抜き構えた。刃に蒼い光が反射し怪しく輝く。
デーモンは彼の姿を確認し、見下すように正面に捉えた。
……異形の者との戦いが開始されようとしている。
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