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 光の使徒
  第一章 ヴァンブリア編


第一話「爆弾魔」

  3.
 翌朝、目覚めたガラテアは出かける為に身なりを整えた。
 ヴァンブリアの風潮からすれば、浮いた存在のガラテアだが、その事は本人も承知していた。
 だが彼女はそれに誇りを持ち、その手入れは入念に行っていた。
 元々ガラテアは、この地の出身者ではない。遠く離れた、全く別の文化を持つ地の人間だったのだ。
 長い独特な色合いを持つ灰色がかった黒髪の手入れ。眉毛をはじめ薄い化粧と爪の手入れまで。
 彼女は自らが美しいということは自覚しており、それなりの自信も持っていた。
 だが同時にそれが心に隙間を作っている事も、また知っていた。
 その美しさを見せたい相手がいなかったから。


 久々の地上区は、彼女にとっても心地が良いと感じた。
 高いビルが平然と立ち並ぶ街の一番底では、天然の光が到達することは殆ど無い。
 その光を浴びることは出来ないが、それでも足場があると言う安心感は、どこかしらにあった。
 ……それが本当の大地から切り離され、宙を浮かぶ人工浮遊大陸であったとしても。

 人工光では光が足りないのか、少し薄暗い公園へとガラテアは足を踏み入れた。
 地上区でも高級住宅街とは程遠い、スラムにも近い寂れた場所。
 人によっては暗黒街と称する場所に、それは存在していた。
 高級地区の多い地表区も、その全てが高級の地域ばかりではない。華やかな表街があれば、同時に裏の街が存在する。
 そこは多少の植木とベンチなどが置かれた、どこかのどかな情景だった。懐かしさを誘う草の臭いが、ここにはあった。
 利用者など殆どいないであろう、子供用の遊戯具が物寂しい……。
 彼女は近くのベンチに腰を降ろし、物思いに耽る。
 自分は何のために生きているのだろう?と。
 子とも引き離され、独り生きている自分。
 今更ながら自分が、幸福というものを欲していたことに気づいた。
 14歳くらいになるかしら……?
 少なくとも6年は会っていない。
 あの子はあれから賢く育っただろうか?
 子を預けた相手は彼女が信頼する人物。きっと大切に育ててくれるだろう。同時にその人物に対し、少なからず嫉妬の心もあった。
 私の事を覚えているだろうか……?
 時々恐ろしい考えに陥るときもある。
 我ながら老けたな……。

 ふと後ろに人の気配を感じて、彼女は顔をめぐらせる。
 そこには一人の青年が立っていた。位置にして5歩程度の距離……。
 ガラテアはその人物に面識があった。
「こんにちは、シオ」
 彼女はその人物に笑顔で声をかける。
 彼は白いロングコートに身を包み、両手はポケットの中に納め、立っている。
 風が軽く吹き抜けると、彼のコートの裾がひらひらと棚引き、そのコートの割れ目から、刀剣と思われるものの柄が、顔を覗かせていた。
 身長は170センチ程度だろうか。長い黒髪を一つにまとめ、それは無造作に背中へと流されていた。
「お久しぶりですね」
 久しぶりと表現するくらい、彼女はここ……地上区には訪れていなかった。
 当然そこの住人と合うのも久しい。
「こんな所に降りて来るなんて、お前こそ……珍しいな」
 その場から動かず、彼は答えた。
 どことなく眠そうな表情をしているが、その視線は至極鋭い……。
「お前は敵が多い。気をつけろよ」
 シオに言われてガラテアは考える。「う〜ん」と、少し惚けたようにも見える仕草を、彼女は行っていた。
「どうして私がここに訪れた事を、知っているのですか?」
「分かっているとは思うが、お前は目立つ。こっちの住人はお前の動きがすぐ分かる」
 こっちの住人……地上区の暗黒街に住む、曰くある人種の事だ。
「……ご苦労なことです」
 軽く顔をしかめながら彼女は答えた。自分の行動が監視されているのは、好ましくは思えない。
「態々こんなところに、何の用なんだ?」
 彼は歩みを進め、ガラテアのすぐ近くまで寄ってくる。
 それにあわせるように彼女は、ベンチに腰掛ける向きをシオの方向へと正した。
 彼が腰に下げているものの柄が目に入る。シオは今時珍しい実体の刀身を持つ剣を下げているのだ。
 そんなものを平気で持ち歩けるのは、この地区くらいであろう。
「調べたいことがあります」
 意味ありげな笑みを浮かべ、ガラテアはシオの顔を見上げた。
 微笑ましい表情をニコリと浮かべ、彼の顔を捉える。
「なるほど。そういうつもりでここにいたのか」
 呆れたような、妙に納得したような表情で、シオは答えた。
 彼はガラテアには下心あり、と見て取ったのだ。
「用件は?」
「最近、こちらで爆発事件が起きていますね?」
「……ああ」
 何か心当たりがあるのか、シオは少し間を置き答えた。
「僕は何も知らない」
 そしてすぐに言葉を続ける。
 それに対して彼女は応えない。変わりにシオの顔を見つめ続けていた。
「……」
 気まずい空気をシオは感じていた。
「……ついこの前もあった」
 ……仕方なく、という風に、彼はボソリとつぶやく。
「2,3日前かな。賭博打ちの男だ。最近羽振りが良く四輪車で遊び回っていた」
 四輪車の持つステータスは大きなものがあると、彼は語った。
「その人が被害者?」
「ああ……」
「……裏はありますか?」
 シオは顎に手を当てて考える。その様子は本当に心当たりが無いように見えるが……。
「只の遊び人だと思う……。奴の運を妬んでいる奴はいるだろうが、殺されるほどでは無いと思うんだが……」
「ただの爆発事件では、ありませんよね。何か分かりませんか?」
「多分、そっちが知っている程度の事しか、僕も知らない」
 ガラテアはなるほどね、とあいづちを打ち、天を仰いだ。
 上空では多くのエアカーが行き来している。それが落ちてこないものかと、旧世代の人間の様に考えていた。
「……あら」
 今まで頬を軽く撫で付けていたそよ風が、少し変わった気がした。
 彼女はシオとは別の人物の気配を感じ、注意をその方向へと向けた。
 二人のいる公園の入り口に、もう一人の若い男が、いつの間にか立っていた。
 何の特徴もないような、あえて表現するならば一般人か。
「ん?」
 シオも振り返る。
「爆発事件の他に、もう一つおかしい事が起こっているんだ」
 そして彼はそう口を開き、言葉を続けた。それと平行して腰の剣に手を当てる。
 そこに立っていた男は、不気味な気配を持っていた。只の人間とは思えない、言うなれば生気の感じられない生きた屍。
「あの人も……。いえ、あれも……最近の事象?」
 ガラテアにはそれが人ではないことが分かった。人の姿をした別のもの……。「あれ」と形容しなおす必要があるもの。
「うむ」
 シオが彼女に答え、刀剣の柄に手を当てると、前屈みに構えを執った瞬間。……公園の入り口に居た男が消えた。
 それとほぼ同時に、ガラテアはベンチから立ち上がる。
 次の瞬間、シュッという何かが風を切る音だけが聞こえてきた。
「ガアアア!」
 一瞬の間を置き、人間のものとは思えぬ雄叫びが轟いた。
 立ち上がっていたガラテアの目の前に、その男は立っていた。
 ガラテアに「あれ」と称された彼は、手を前に突き出し、彼女に掴みかかろうとしたのだろうか。
 だがその手は彼女まで届いていなかった。
 何故なら、ガラテアと男の間に割って入るように、シオが立っていたからだ。
 右手には抜き身の刀身を。左手は男の方へと向け……。
 彼の身体はシオが差し出した左腕に阻まれ、ガラテアの目の前で止まっていた。
 そして……。
 その男の上半身と、下半身は真横に二つへと分かれた。ドサッと音を立て、それぞれの身体は地面に転がり落ちる。
 するとその二つの物体は黒い靄のようなものへと霧散し、消えていった。
「……」
 残された二人は無言で立ちつくす。
 呆れたような、惚けたような表情を浮かべていたガラテアは、手にした刃物を鞘へと収めるシオへと視線をゆっくり向けた。
 その視線に気づいた彼は「こういう事だ」と、目で訴え返してきただけだった。

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