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Original Novels
光の使徒
第一章 ヴァンブリア編
第一話「爆弾魔」
2.
軌道都市ヴァンブリア。
シュナイツ合衆国最新鋭区ガニメデの空に浮かぶ浮遊都市は、宇宙への玄関口として利用されている。
様々な科学技術が応用され、交通機関の主力は、空を自由に走行するエアカーだ。
そこは色とりどりの高層ビルが立ち並ぶ、言わばメガロポリスであった。同時に一つの小国が丸々収まる程度の広さを備えた、人工の浮遊大陸とも言いえた。
ヴァンブリアに住む人々は、その空飛ぶ大陸を安堵の地と信じている。
そして、その本当の姿を見てはいない……。
COAと書かれた物々しい看板がついた建物に、一人の女性が入っていった。
最新の設備を持ったホールに、用途別の受付が幾つか並ぶ。床には光でそれぞれの受付へのアナウンスが浮いていた。その女性は、迷わず関係者用の受付のガイド光に従う。
たまたますれ違った男性が、ふと軽く振り返る。
彼女は少し世間離れしたような、黒色で少し古い感じのする多少地味ながら美麗なドレスに身を包む。自慢と思われる灰色がかった黒髪は、結い上げてたくし上げられ、そのまま背中へと流されていた。それでも髪の長さはあり、その先は肩の下あたりまで降りていた。
キリッと締まった顎に、理想的な鼻立ち。ガラスを思わせるその美貌に、金色に縁取られたアンティーク風の眼鏡をかけていた。
また、両肩の上方に浮遊する二つの黒い玉を模したイミテーションも、余り見られない不思議な感じである。水晶玉のように透明感があるように見え、同時に何者も看破する事の出来ない漆黒を内に秘めていた。変わった飾りを纏うのが流行っているこの時世でも、それは珍しい品物に違いなかった。
二十代後半……。妙齢と言える年齢に、美麗な容姿を持つ彼女は、服装の特殊さもあいまり、建物の中に居合わせた人々の注目を、一身に受けていた。
「こんにちは」
建物の受付へと訪れた彼女は、担当の受付嬢に声をかける。
「いらっしゃいませ。今日は何のご用件でしょうか」
女の不思議な雰囲気に気取られていた受付は、内心にそれを隠し、ビジネスライクに応じた。笑顔を浮かべ、マニュアル通りの対応を心がける。
その上品そうな様相からも、受付はただの一般人では無いと見て取った。
黒ドレスの女性は、腰の小物入れから一枚のカードを取り出すと、それを受付テーブルに置いた。
「COA講師の認可を受けているガラテア・ルミナンスです。召喚指示を受け、参上致しました」
少し古い言葉遣いながら、優雅に彼女……ガラテアは身分を受付に明かした。真っ直ぐと受付の瞳を直視する。
受付嬢はその様子に内心面食らいながらも彼女の差し出したカードを手に取った。
受付用テーブルに設置された端末に、そのカードを通し操作を行うと、その結果をディスプレイに表示した。
カードが本物であることと、パーソナルデータに不振なものが無いことを確認すると、受付嬢は無意識にため息をつき、それから思い直したように慌てて、そのカードをガラテアと名乗った女性へと返却した。
「ガラテア講師……確認しました。確かに予約が入っております。60階、第一会議室です」
「ありがとうございます」
ガラテアは受付嬢からカードを受け取りながら笑顔で答えると、ホールの奥に設置された、集中総合エレベータへと乗り込んでいった。
不思議な彼女の動きを受付は目で追い、エレベータが閉まるまで気になっていた。
空気圧縮を利用した高速エレベータは、乗り手に殆ど負荷を負わせずに望みの階までと導く。柔らかい空気に押し上げられる感じは不思議なものがある。遙か昔に利用されていた、ワイヤーなどで稼働するそれと異なり、「もしもの事」があっても、その気圧を少しずつ解放し、搭乗者を安全に降ろす工夫がされている。
ワイヤーが切れて一気に落下、ということはあり得ないのだ。
ガラテアが60階でエレベータを降りると、辺りの様子を確認した。
エレベータホールの左右には廊下が左右に分かれ、丁度正面にはその階の構造と機能を示す案内板が備え付けられていた。
廊下には赤い絨毯が敷かれ、壁の色合いやインテリアなどの雰囲気は、高級ホテルを思わせる上品なものだ。心地よい香りがほのかに漂い、管理者の小さな気遣いを感じる。
彼女は、自分好みの様子に少し表情を綻ばせると、正面に歩みを進め、案内板を確認する。青いガラスのような板の、光学式ディスプレイに、この階の部屋が表示され、目的の場所を尋ねてきていた。
ガラテアがその細い指で軽く触れると、案内板はすぐに望みの答えを返してきた。彼女はその案内図を軽く記憶し、赤い絨毯の上を歩き出した。
第一会議室と書かれたプレートのついた扉は、木製のような特殊な樹脂が使われていた。セラミック製のそれとは異なり、その扉は暖かみを感じる。
ドアの前に立ったガラテアは、その戸を軽くノックした。
しかし、しばらく待ってもそれに答える声は、帰っては来なかった。
「?」
彼女は怪訝に思いながらそのノブに手をかけると、以外にもその戸は開いてしまった。
電子ロックもされていないとは、と彼女は感想を持ちながら、そのドアを開くと、出迎えたのはただの無人の空間だった。
その部屋は会議室と称されていた割には狭く、どちらかというと応接間のような印象を持っていた。中央に長テーブルとそれを囲むようにソファが左右に並べられている。部屋の奥には、外が一望できるほど大きなはめ殺しのガラス窓が備え付けられ、その窓からはヴァンブリアの力を見せつけるかのように、雄大な超都市の景色が広がっていた。
その景色に惹かれるように、ガラテアは部屋の奥……窓際まで寄ると、その街の景色を見渡した。
数々のエアカーが頻繁に行き来し、自らの目的地へと急ぐ。上下左右立体的な交通網を、それらは忙しく動き回っていた。その情景は働き蟻が動いているようにも見える。
騒がしい処だ……。ガラテアはそう思った。
彼女が窓の景色に見とれていると、後方でドアの開く音がした。
乱暴に開かれたのか、それが壁にぶつかり、跳ね返って閉まる音が続く。
その音を耳にしたガラテアは、半身だけを軽く振り向かせた。
彼女の身体の動きにあわせ、その肩の上に浮かぶ黒い二つの球体状のイミテーションも共に動いた。同じ位置を守るように、それらはまるで、既に彼女の体の一部であるように。
見れば藍色のスーツをラフに着込んだ男が入ってきていた。一見したところ、中年に入るか入らないかの年齢だろうか。彼の顔立ちは悪くない。二枚目とは言えないが、彼の持つ粗野な感じは、好む人間もいるだろう。
ネクタイは付けておらず、ワイシャツのボタンは幾つか外れていた。きちんと洗練されていないその服装のスタイルは、不快ではないにしろ、他人からの評価に影響を与えるに違いない。
「わりぃ、寝坊した」
男の一声はそれだった。部屋の奥で窓を覗いていたガラテアへ向け、彼はそう声をかけた。
初対面の人間ならば、それだけで不愉快になってもおかしくはない様子だ。
長身に入る彼の表情を、視線だけで見上げるように確認したガラテアは、小さくため息をついた。
「今更、気にもしません」
男の方へと完全に向き直りながら、彼女は答えた。眼鏡のレンズを通して、澄んだ翡翠色の瞳が男を真っ直ぐに捕らえる。
「そう怒るなよな」
ガラテアの視線を避けるように、彼は悪い悪いと声を出しながら中央のソファにドンッと腰を降ろした。
そして彼女に座れ、と手で指示を出すと、彼自身がくつろぎ始めた。ふと顔に生えた無精髭が気になったのか、手でそれを触っている。
「怒ってはいませんが……」
彼女はそう口にしながら、男と合い向かいにあるソファへ腰を降ろした。
すると長テーブルの上に置かれた、裸体の女性を象った小さな彫像が彼女の目に入る。その精巧な作りは艶やかで、ガラテアは少し表情を曇らせた。
それを忘れるように視線を目の前のソファで、今も髭を撫でている男へと向けた。
彼の名はゼッツ……。COA講師のチーフに当たる一人である。
主に重火器の扱いに長けた専門家で、COA内での地位は高いほうにある。
対してガラテアはCOAに所属して日も浅く、専攻は魔術研究及び武闘部門であった。
しかし最近は講師としての業務は休業していたのだが……。
ゼッツはガラテアの上司と言う位置づけであるが、自身はそんな素振りを見せない。
事実、彼女も上司として敬っている気配はなく、お互いあくまで同僚と言う認識であった。
……COAとは、ヴァンブリアにおける様々なライセンスを取得するための学舎。
正式名称はセントラルオーダーアカデミー。
特殊で専門的な技術を習得した仕事人「オーダー」を育成する為、ヴァンブリア政府の公認を受けて設置された民間組織である。民間の企業といえ、その影響力は大きく、COA所属者は社会的に大きなステータスを得られる。簡単に言えば一流の企業だ。
その力は、ヴァンブリアにおいて軍需的、社会的にも重要なウェイトを占めている。
ゼッツは向かいに座ったガラテアの姿を見て、何やらニヤニヤと表情を浮かべる。彼は深々とソファに座り、膝を組んでいた。タバコでもあれば吸いだしそうな勢いだ。
その彼の仕草に、ガラテアは苦笑を浮かべた。
「どうかしましたか」
ゼッツのその様子を見て、彼女は無駄と思いつつも尋ねる。
「いやぁ、久々だと思ってな」
一瞬、なんと答えようかと迷ったようだが、惚けた感じの返事が返る。
「ほんの二週間ぶりです」
「その二週間、お前がいないと淋しくて……」
「ご冗談を」
ゼッツの言葉を遮るように、ガラテアは割り込んだ。
「この部屋は気に入ったか? お前はこういうところじゃないと好まないと思ってだ」
「実にありがたい配慮ですね」
二人の会話は何とも淡白な投げ合いであった。明らかに本心で語っていないと言う様子がありありと分かるが、それぞれの皮肉を二人は気にしている様子はない。
その無意味な会話により、軽い沈黙が落ちた。
「私を呼びつけた理由はなんですか?」
先に沈黙を破ったのはガラテアの方だった。彼女からは不真面目な回答は許さない、と迫力のある雰囲気が溢れ、緑の瞳が真っ直ぐ彼を貫いていた。
その問いかけに、ゼッツは視線を宙に泳がせる。
「そうだな……」
彼は一瞬だけ真剣な表情を浮かべると、すぐにわざとらしく考えるような仕草をする。勿体ぶるような、そんな仕草だ。
そしてガラテアの顔を見て……。
「ふむ……。眼鏡なんか、かけるようになったんだな」
そう的外れに続けた。ニヤリと笑みを浮かべて会心の一言という気配であった。
「……伊達眼鏡です」
ガラテアが再びため息を漏らし、答えた。
かけていた眼鏡を外し、腰の携帯用バックに収めると一息つく。眼鏡を外した彼女のその容貌は、ゼッツにとって魅力的であった。
「つまらない話をするために呼びつけたのなら、帰ります」
そう宣言し、彼女は腰を浮かせた。その動きにあわせ、ガラテアの肩の上に浮いている丸い球体も高度を変えた。肩から30センチメートル程度上の位置を保つように。
ゼッツはその球体の動きに視線を寄せる。興味深そうな視線だと、ガラテアは気づいた。
「ちょっと待ってくれ。悪ふざけが過ぎちまったな」
ゼッツは素直に謝罪の言葉を述べた。そして、先を続ける。
「その浮いてる玉も、魔法の力なのか?」
ガラテアはチラッとその浮遊球に視線をまわしてから、再び彼に目を向ける。
彼の表情は真剣だ。ふざけているのではないと確認すると、彼女は姿勢を正した。
魔法について聞きたいのだと、ガラテアは予想した。
「厳密に言えば魔法とは少し違います。これは、いわば私の分身……」
ガラテアは不可解な台詞を言いうと共に、手の平を前に差し出した。それに同調するように、その黒色の球体の一つが差し出された手の上へと乗る。
まるで体の一部のように、ガラテアはその玉を望むよう動かしている様子だった。それはただの飾りとは思えない、生物的で自然な動きであった。
拳大のその玉を弄ぶ彼女の様子を見ながら、ゼッツは再び考える。
「先ほどから何を考えているのですか?」
ガラテアは今一度彼に尋ねた。
「つまりだ……」
立ち上がっているガラテアを、彼は真剣な面持ちで見上げる。
「魔法のような力が、個性を持つ事はあり得るか、と聞きたい」
ガラテアにとっても、それは不思議な問いかけに聞こえた。
「ここ最近、奇妙な事件が発生しちまってるんだが……」
彼はガラテアを呼び出した理由を話し始めた。
「シティ下層の地表区で爆発騒ぎが起こっている」
地表区。ヴァンブリアシティにおける一番下の階層のことである。
空を飛ぶ交通手段が多くなったこの時世には、高さによる交通に差異はそれほどない。その代わり、住所には高さの表記が追加されている。
つまりは、このヴァンリアでは一定の高度ごとにも地区として区切られている。
三次元表記の住所で、高さを表す単語の一つ「地表区」は、一番下の階層に当たり、徒歩での移動が容易であり、昔ながらの車輪によって走行する交通手段も多い。
そして人間は、やはり足場がしっかりしている事を好むのか、この地表区に住みたがる者が多かった。人は生まれたときから、落下すれば死亡する事を無意識に認知していると言うのだから、それは当然なのかも知れない。
すると必然的に人気のある区画の地価は高騰し、今や地表区は最高級地となっている。
もっとも、落下物による事故も頻繁に起きているのだが……。
「騒ぎ……?」
ガラテアは聞き返した。騒ぎなどといっても、それが単純なことではないと、彼女には分かっていた。
正確には事件、と呼ぶべきなのだろう。
今時、そんな目立つ事件が起これば、COSなり他の治安組織なりがすぐさま解決してしまいそうだが……。
「不可解だと思ったか?」
考えが表情に出ていたのだろうか。ゼッツはガラテアの顔を見て尋ねてきた。
「魔法が個性を持つ、と言っていましたね?」
「それだ。さすがだな。話が早い」
頭の回転が速い彼女に感心したように、ゼッツは応じた。
「爆発の原因が不明なんだが……。重火器や爆発物の類ではねえんだ」
「すると……」
「もちろん、ただの魔法でもないぞ」
ヴァンブリアでは魔力の動いた痕跡も記録される。一般的な「魔法の力」ならば、そこから調査する事も可能だ。
逆に魔法の力を許可なく使用することは禁止されていた。
「お前のその浮遊球だって、このヴァンブリアじゃ魔法と認識されてない。だからと言って科学と呼べるようなものでもないしな」
ガラテアは少し考えるように視線を床に向けた。
この浮遊球のようなイミテーションは、このヴァンブリアに実際には存在する。新しいもの好きの若者が、挙って身につけている流行の飾りだ。だがゼッツがわざわざそれとは異なると認識しているのならば、他の意味合いがあると言うことだ。
彼女は多少、何事かに迷ってから顔を上げると口を開いた。
「魔法、と一言で言っても、その種類は多数。簡単にあげるだけでも、魔術、呪術、陰陽術、精霊術……」
魔術の講義かと思える話をはじめる彼女。
「それらは全てが同じく「魔法」と一般人が呼称します。しかし、それは正確には異なる力の根元を扱っています。つまりは……」
彼女の説明を、ゼッツは難しい顔をしながら聞いていた。
そして……。
「すまん……。さっぱりわからん」
と割り込むように彼女に言った。
「……」
講義を途中で止められ、少し間が抜けた様子のガラテアは、軽く咳払いをする。
「分かりやすく言えば、この街のシステムでは調査できない力は、幾らでもあると言う事です」
「言ってくれるなぁ……」
彼女の指摘にゼッツは顔をしかめる。
COAはヴァンブリア政府公認機関であるため、実質上政府の人間に近い性質がある。
そのCOAに所属しているガラテアがその問題点を指摘するのでは、ゼッツでもさすがに良い顔を出来ない。
「事実を言っただけですから……。実際のところ、魔法と分類される力全てを解析する事など、不可能ですよ」
悪いことをしたと思ったのか、ガラテアは表情を和らげて言った。
彼女の結論を聞いて再びゼッツは考えを巡らした。
「事件の詳細は、このファイルを見てくれ」
彼は答えの代わりに小さなディスクを、ガラテアへ向け投げてよこした。
一辺が2センチ程度の正方形のディスクで、一般的なメディア媒体である。
「プロテクトコードは通常通りだ」
情報媒体を引き出すとき、COA職員同士で通じる解読コードが定められている。通常と言う場合は、対応した端末に通すだけで簡単に解読出来るシステムだった。
「はい」
ディスクをバックに納めて彼女は答えた。
「また後で連絡する。今日は解散だ」
ガラテアは視線をゼッツに軽く送って挨拶をすると、腰から先の眼鏡を取り出し、顔にかけた。
「眼鏡はない方が可愛いぞ」
部屋を出て行こうとするガラテアに、ゼッツがそう声をかけたが、彼女からの返事は無かった。
COAの建物から出ると、ガラテアはそのまま帰路についた。
高度が高い場所にあり、交通手段はテレポータを利用して中継空中道路を幾つか伝い、徒歩でCOAまで通っていた。
道のりとしては、近くはない距離だが、彼女は余り気にしている様子はない。
彼女が自宅としている場所は、中級レベルのマンションである。
COA所属の者はそれなりに高所得者であるが、彼女はそれほど高いレベルの生活は好んでいなかった。
一時間を掛けてガラテアが家に帰って思うことは、孤独で在ると言う事実。
彼女の年齢は20代後半であるが、独りで生活していた。
普通の女性ならば、それほど苦にはならないかも知れない。
だがガラテアには子供がいたのだ。しかし現在、その子は手元にはいない。そしてその父親も……。
運命の悪戯か、宿命なのか、彼女に普通の幸せは与えられていないのだ。
定められた運命に従うしか無いことに、やりきれないと思った事はあった。
しかし……それが今まで自分が行ってきた罪への報いだと、彼女は自らを戒めた。
「ロゼ……」
彼女は、独りの男性を思い出していた。彼女が愛する娘の、その父親。
彼との婚姻は結んでいない。子を成すための行為を行っただけ。
それ以来、彼とは会っていない。悔しいが、そんな男の事を思い出してしまう事実を、ガラテアは認めずにいられなかった。
ゼッツのことが頭をよぎり、彼から受け取っていたメディア媒体の存在を思い出す。
気を紛らわせるように彼女は、その媒体を読み込むため専用の電子端末へと差し入れた。
そこには「爆弾騒ぎ」と、彼が呼称した事件の調査ファイルが示されていた。
発生している場所は、地表区でも余り繁栄していない暗黒街。時間は深夜の遅い時間。
俗に「品の良い」と言われる場所では起こっていない。逆に言えばそんな場所であるから、余り公にされておらず、世間には知られていなかったのかも知れない。
起こった件数は、既に6件。被害者はどれも高貴とはほど遠い人種である。
ただ共通している点は、深夜に外を出歩いていた者達と言うこと。その殆どは、四輪車を走らせている連中であったが……。
COSの調査では、詳細不明の爆発事故、と結果が出ているだけだった。
一言で言えば原因不明。一件や二件、この手の事件があっても、被害者の種類によっては見向きもされない内容であったのだろう。
だが被害数が6件に達した時、COSへヴァンブリア政府から調査命令が下されたという。
COSとは、セントラルオーダーサービスの略で、COAの姉妹機関であり民間の治安維持組織である。COAと同じく政府公認の機関で実質上ヴァンブリア政府直属の組織に当たる。
COAからオーダーとなった優秀な人材が、COSに編入される場合が多い。
ヴァンブリア政府から直接……?
ガラテアは妙な違和感を覚えずにはいられなかった。
いくら地上区の事件と言っても、今まで放置していた事件を今更、と言う感じがある。
犠牲になった人間が政府によってそれほど重要でない人物であるのは明らかだ。
未来、重要な人物に当たる人間が被害を受ける可能性を防ぐ為か、それとも……?
ガラテアには裏があるように思えて仕方がなかった。
この手の事件は、最近のヴァンブリアでは残念ながら、と言うべきか、多発していると言っても良いことなのだ。
ゼッツの言っていた魔法という件も頭をよぎり、調査をしてみよう、と彼女は心に決めた。
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