I wish


「あ、そうそう、お腹空いてない?」
「………うん」
 何か、食べたい。
 いきなり問いかけた寛子の言葉に、多香子は軽く頷いた。それに『よしっ!』と頷くと、鞄の中からごそごそとスーパーの袋を出す。
「だと思ったんだ。風邪引くと、なんかこういうモノ食べたくなるんだよねぇ」
 いそいそと器と缶切りを準備する。
「………何?」
 多香子の問いかけに、寛子は『よくぞ訊いてくれました!』という感じで、後ろ手に隠していたそれを取り出した。
「じゃーん!」
 なんだか、絵理子に似た気がするのは気のせいだろうか?
 そんなことを思いながら、多香子は小首を傾げ、その物体を見る。
「………………みかん?」
 寛子の手の中にあったのは、みかんの缶詰だった。缶切りでそれをきこきこ開けながら、寛子は小さく話し出す。
「あたしがちっさい頃にさ、熱出すと」
「うん」
「良く、母さんが買ってきて、食べさせてくれた。結構、普通は桃缶だって言うんだけどね、うちはみかんだったなぁ」
 優しい瞳。それだけで、解る。寛子の真っ直ぐさは、こういう『愛情』を一杯に受けて育った証。
--------自分には、決してなかったモノ。
「はい、どうぞ」
 起きあがった多香子の肩に、カーディガンをそっとかけると、寛子はその手元に器をスプーンを置いた。それには、上目遣いで見つめる。
「………何?」
 気に入らなかった?それとも、みかん、キライ?
 その視線には『違う』というように首を横に振ると、多香子は小さく小さく呟いた。
「--------食べさせて、くれる?」
 その言葉に、寛子は一瞬、目を丸くする。
 風邪っぴきさんは、甘ったれだねぇ。
 良く言われた言葉。だけど、そう言いながらも、目は優しかった、
 寛子はそんなことを思い出しながら、頷く。その手から、器をそっと持ち上げると、
「はい、あ〜〜〜ん」
「うん」
 スプーンを近付けると、そっと口を開く。それに、2,3切れのみかんとその果汁を流し込んだ。
「どう?」
 心配そうに覗き込む寛子に、
「甘くて、冷たくて、おいしい」
 多香子は綺麗な笑みを浮かべ、答えた。それに、寛子も嬉しくなる。
「もっと、食べる?」
「うん」
 はにかみながらも、多香子は答える。それだけで、寛子は幸せになれた。

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