I wish


「………さて、と」
 器を片づけると、寛子は再び横になった多香子の手を取り、顔を覗き込んだ。うっすらと瞳を開くと、多香子は寛子の顔をじぃっと見上げる。
--------そんな目、しないで欲しい。
 どくり、と鼓動が高まるのが解る。正直、彼女に熱が無かったら………。
 いやいや。
 寛子はぶんぶんと首を振る。これじゃ、まるで自分がただの………ただのスケベな馬鹿やん!!
「寛子?」
 相変わらず速い回転をしている寛子の思考を、多香子の掠れた声が止める。
「あ………ううん、えっ?何?ごめん」
 慌てて答える寛子の手に、多香子は頬を擦り寄せた。そして、小さく溜息をつく。
「多香?」
「--------頭、撫でてて欲しいな」
「おやすいご用」
 瞳を細め、寛子はその艶やかな髪に指で触れた。梳くように、優しく優しく手を動かす。
 瞳を閉じ、その感覚を追い求めながら、多香子は呟く。
「あたしの家ってね」
「うん?」
「………寛子ん家みたく、そんな風邪ひいたときに何かして貰えるって事、無かった」
「--------………そっか」
 一瞬、手が止まるけれども、すぐにその動きは再開される。
「何か、悪いことしたような気になった、体調崩す度」
「………………ふーん」
 なんと言えば良いのか解らなくて、寛子は曖昧な返事をする。慰めも、同情も、何か違う気がした。
「だからさ、今回、いろんな人に心配して貰って………ちょっと戸惑ってるんだ、実は」
 そっと瞳を開き、寛子を真っ直ぐに見つめた。慈しむような視線が、向けられてる。
「………馬鹿」
 そんな表情で、そんなこと言っても、真実味ないよ、寛子。
「ほんと、かわいいなぁ、多香って」
 寛子はベッドと身体の隙間に腕を差し込むと、多香子をぎゅっと引き起こした。その胸の中、多香子は深く息をつく。
「むちゃくちゃ、かわいい」
 ぎゅうぎゅうと多香子を抱きしめながら、寛子は囁く。その背に、きゅっと腕を回しながら、多香子はむくれたように告げた。
「そんなこと言うの、寛子ぐらいだってば」
「いいじゃん、いいじゃん、言わせてよ」
 寛子は多香子の髪に顔を埋め、続ける。
「--------これから、こうやって具合悪くなった時、側にいられるといいなぁ」
「………………いてね」
 か細い声で、多香子は言った。肩に額を預けながら、切実な想いを込めて、呟く。
「側に、いてね」
 願うのは、ただ、それだけ。
 寛子は何も言わずに、抱く腕の力を強めた。--------そうすることが、答えだと思った。

終/戻る