「へっくしゅ」
噂されてるのを知ってか知らずか、その時、今井絵理子はくしゃみをしていた。
「………っかしいなぁ」
鼻をすすりながら、一人呟く。それに机に向かっていた新垣仁絵は--------どこかの2人と同じシチュエーションだが--------くるりと振り返った。
「風邪?」
「うにゃ………別にそんなんじゃないと思うんだけどなぁ」
ベッドの上にごろりと横になりながら、絵理子は呟いた。
「じゃ、とっとと部屋に帰ったら?」
まさかあたしにうつす気なんかないでしょうね?
そう続けると、くるりと机に向き直った。
「酷いよ、仁絵ちゃ〜〜ん」
慌てて立ち上がり、後ろからその身体を抱きしめる。それに、仁絵はじたじたとした。
「こらっ!もうすぐ消灯だよ?帰りなさい!」
「こっちに泊まる」
点呼はルームメイトに頼んだし、大丈夫大丈夫。
「絵理!」
抱きついてくる腕を何とか外すと、仁絵は絵理子を見上げた。きつい瞳で。絵理子も絵理子で、強さを増した視線で見つめ返す。
先に目を反らしたのは、仁絵の方だった。
「………………あのねぇ」
溜息をつきながら、口を開いた仁絵の頬に、そっと指を伸ばすと、絵理子は告げる。
「好きだよ」
いつでも、そうだ。この言葉でごまかされる。だけど、それに酔いしれてる自分がいるのも確かな事実で。
「知ってるよね?」
そっと唇が近付いてくる。それにたまらず瞳を閉じた。
「知ってる………よ」
くすりと含み笑いが仁絵の耳に、柔らかい唇が仁絵の唇に届いた。
「そんな表情………しないでよ」
唇が離れた後、絵理子が苦しげに告げる。
「何が?」
「そんな………誘ってるような、表情」
絵理子の言葉に、仁絵はかぁぁっと耳まで赤くなる。思わず俯いた。
--------里奈とは行き着くところまで行ってたのに、どうして絵理子の前ではこんなに純情になってしまうんだろう?
「好き、だよ」
耳元に唇を近付けて、ぺろりと舐める。それに、ぞくりと背筋に何かが走った。
「………発情期?」
憎まれ口を叩く相手に、絵理子は膨れながらも答える。
「そうだよ」
仁絵ちゃんが、好きだから。欲しいよ、そう思っちゃダメ?
視線でそう訴えた。
それには、もう、何も言えない。