Only one


 さて、お待ちかねの土曜日である。
「寛子、こっち、こっち!」
 前の上映が終わって出てくる人波をかき分けて、いつの間にやら消え去っていた多香子が、大声を張り上げながら手を振る。
「………………なんで」
 あまりにも嬉しそうに手を振る恋人に、寛子は思わず頭を抱えた。周囲の注目を浴びながら、多香子の元へと足早に寄る。
「遅い!」
「————いーから、座って」
「ね、やっぱり映画の定番って言えば、ポップコーンとコーラだよね」
「いーから、多香」
 小声だけど、びしりと告げる寛子の声音に、多香子はきょん、とした表情をした。
「とりあえずさ、落ち着いてよ」
 寛子の言葉に、多香子はむぅっとする。唇をへの字に曲げながら告げた。
「………何で?」
「何でって………恥ずかしいじゃん」
 一応、こっちは人並みに羞恥心ってもんがあって。————とは、言わないけれども。
「何が恥ずかしいの?多香がはしゃいでるから?」
「………………えと」
 思わず口籠った寛子に、多香子は唇を尖らせたまま、俯いた。
「………………そっか、それで恥ずかしいんだ」
「あの………その………多香ちゃん?」
 おそるおそる多香子の表情を覗き込もうと顔を近付けた寛子は、不意に面を上げた多香子の頭に顎が当たる。
————がっち〜〜〜ん!
「あが!」
 不意打ちのアッパーカットをくらい、目から星が出てしまう。思わず、顎を押さえながら、寛子は涙目で訴えた。
「いきなり、顔上げないでよ!」
「寛子こそ、そんなとこに、顔近付けないでよっ!」
 しばしの間、睨み合ったが、先に瞳を逸らしたのは寛子だった。そのまま、無言で何も映らない画面を見つめている。
 多香子は小さく息をつくと、寛子の手にそっと自らの手を重ねる。それに、びくり、となるけれども、その手を振り解く事は、流石に出来なかった。
「あのさ………」
「ん?」
「あたしさ、すっごい嬉しいんだ」
 寛子とこうやってデート出来るの。
 その囁きに、寛子は耳まで真っ赤になる。それにも気付かないのか、多香子は更にぼそぼそと続けた。
「だからさ、はしゃぎすぎたのは、謝る」
 でもさ、判ってよ。嬉しすぎてこうなってしまったこと。
 多香子の言葉に、寛子はいかに自分が考えなしか、痛感する。
 ————こんなにも、彼女は楽しみにしていてくれてたのだ。いや、自分だって楽しみだったけれども。
「………多香」
 寛子は多香子の手の下から自らのそれを引き抜くと、今度は上に重ねた。その行動に、多香子は寛子に向き直る。
 綺麗な綺麗な瞳。口づけたいけれども、流石にそれは出来やしない。
「————あたしも、楽しいよ」
 好きな人と、好きな事をして、一緒に過ごす。これが、デートの本当の意味なのかもしれない。
 そんなことを思う寛子の表情を、多香子は一瞬、きょんとした表情で見つめていたが、直ぐに満面の笑みで頷いたのだった。
 

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