Only one





「ちくしょー、なんだよ、らぶらぶじゃん!」
 幸せそうな寛子と多香子を少し離れたところで眺める人影がひとつ。キャップを目深に被って、手元にある缶を一口。
「ちぇっ、つっまんないの!」
 その人影とは………もちろん絵理子である。本当に、この人はラブラブバカップルのデートを尾行しているのである!!
 もちろん、喧嘩して欲しいって訳ではないのだが………ここに、1人で来ている自分が何だか虚しくなってしまったりして。
「あーあ」
 折角の休日、こんな事をしているあたしって、もしかして………バカ?
————もしかしなくても、バカである。
 そんな絵理子の気持ちを知ってか知らずか、遠くの寛子と多香子は見ている限り、『いちゃいちゃしてる』としか思えない程のバカっぷりである。
「………………ちぇっ」
 この分だと、この後も当てられっぱなしだろうなぁ。
 椅子にふてくされたように深々と座ると、帽子のつばを指先で上げた。
「映画見終わったら、もう、尾行するのやめよっかなぁ」
 小さく呟く絵理子は、隣に誰かが腰掛ける気配に顔を上げる。
————なんだよ、他にも結構、席が空いてるっていうのに。
 威圧を込めて————少しは八つ当たりだったのだが————その相手を睨みつけた。いや、そうしようと思ったが、余りにも意外な人物で、思わずぽかん、と口を開ける。
「………………何よ?」
 少しむっとした表情で、絵理子の視線を受け止めたのは、仁絵だった。その言葉に、絵理子はハッと我に返る。
「………ちょっと………だって………ええ?」
「いーから、小さい声で」
 仁絵はすとんと、隣に腰掛けると、ぶっきらぼうに告げた。だけども、絵理子はその顔を呆然と見つめながら、
「あ………でも………何で判ったの?」
「………多香ちゃん達の話、聴いてたから。絵理だって、そうでしょ?」
 ええ、まさしくその通りなのですが。
 それでも、仁絵が来るだなんて思ってもみなくって。
「………………仁絵ちゃん、こういうのイヤなんじゃなかったの?」
「————それは、それ。あ、始まるよ」
 仁絵は曖昧に言葉を濁すと、暗くなった照明に、視線をスクリーンに向けたのだった。

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