Only one


「………あらら」
 溜め息をついて前髪をかきあげる仁絵は、よっこいしょ、と立ち上がった。
「一応、追っかけるべき、なんだよなぁ」
 ………めんどくさい、なんて思っちゃダメなんだろうけども、やっぱり、
「めんどくさい」
 『むぅ』としたまま、仁絵はベッドにごろり、と横になった。そんな時、こんこん、とドアがノックされる。
「はい?」
「………よっ!」
 ドアから顔を覗かせたのは………前寮長の知念里奈だった。その相手に、仁絵はあからさまに『いや〜〜〜』な表情をする。
「なんだよ、そんなイヤそうな表情するなよ!」
「………したくもなるわっ!」
 『がぅ!』と吠え返すと、里奈はひょいと肩を竦めた。ばっさりと切った髪が、すごく行動的で更に彼女を魅力的に見せる。
「ま、それより………君のダーリンが随分としょげた表情で歩いてたけど」
「誰よ、ダーリンって」
「中等部の今井」
 その言葉に、仁絵は起きあがって里奈を睨み付ける。里奈は、そんな仁絵にひょい、と肩を竦めた。
「ま、怒らない怒らない」
 いくら図星だからって言ってもね。
「————何よ、何が言いたいのよっ」
「………別に、何も」
 そう告げて、里奈は仁絵のベッドに歩み寄る。そして、たしたしとその頭を叩いた。
「………?」
「良かったじゃん、両想いになって」
 その口調には、イヤミなんてこれっぽっちも混ざって無くて。優しい優しい声音だった。
————こんな風に、話せる人だったんだ。
 きょん、とした表情でこちらを見上げてる仁絵に、里奈は微苦笑した。
「………ま、素直にならなきゃ損しちゃうタイプだからね、新垣は」
 もう、あたしは卒業するし、最後に忠告しにきたってわけ。
「何にせよ、あれだけひたむきに想えるのって、羨ましいや」
「里奈………」
 何が、あったのだろう、この人に。
 冬休みを境に、髪を切り、すっぱりと遊びもやめたらしい。そんな彼女はある意味潔くて。
「………新垣」
 なんだかんだ言ってさ、新垣のこと、一番、気に入ってたよ?だから、頑張って、幸せになって。
「里奈………」
 何とも言えない関係だったけど、この人はきっとありのままの自分を見せられた、数少ない人。
 里奈はドアの方へと歩みながら、最後にびしっと人差し指を仁絵に向ける。
「だからさ、愛されてるうちが華だよ?」
 もっと素直になりなさいな。
「大きなお世話だよっ」
 くしゃくしゃに笑いながら、仁絵は答えた。それには、『ばいばい』と右手だけを振って、ドアの向こうに里奈の背は消えたのだった。



続き/戻る