『番外:独白』 -3


        ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 俺は、病院から一度家に戻り、名簿で澤木の家の住所を確かめて、また家を出た。
 出がけに、少し考え…登山ナイフをポケットに入れた。

 澤木の家は、酒屋だった。
 店番をしている…たぶん、母親なのだろう…女性に在宅かどうか尋ねると、まだ帰っていない、と言う。

「なにか…したかね?また…」

 澤木の母は、心配していた。

「いえ…」

 俺は、何も言う気はなかった。

「あんな子じゃなかったんだけどねぇ…すんませんね…
 上がって待ったら?」

「いえ…」

 母親とあまり話すと、萎えてしまいそうだ…と思った。
 俺は、店の奥からは見えない路地裏に陣取り、澤木の帰りを待った。
 引き裂かれた…薫のことだけを、考え続けた。

 一時間程して…もう、夜の8時か9時頃になっていたが、俺の前を澤木が通り過ぎた。

「おい…」

 呼び止めると、振り返る。
 澤木は…あの後にまた喧嘩でもしたのか、ぼこぼこに顔を腫らせていた。
 あの…薫を犯し、引き裂いた後に…。頭が煮える。

「椿…か…」

 澤木は、顎をしゃくる。俺に付いて来い、という仕種で、背を向ける。
 背中を向けたものに殴りかかるわけにはいかず、俺はしぶしぶ後を追った。
 澤木は少し歩き、薄暗い児童公園に入った。

「澤木…こっちを向け…」

 向きかかる顎を殴る。澤木は僅かに後ろに下がり、次の一発を手で受け止めた。
 殴り返そうとは、して来ない。喧嘩の場数の踏み方が、俺とは全然違う…まったくこたえていなかった。

「ちくしょう…」

 しょうがねぇ、実力が違いすぎるからな…と、俺はナイフを出した。
 殺すつもりは…あったのか、なかったのか…とにかく、傷をつけてやりたかった。薫を引き裂いたこいつを、俺は引き裂きたかった。
 刃物を見て、澤木の目が少し見開かれ、真剣な顔になる。
 間合いを測り、飛び込んで胸倉を掴み…刃物を突き立てようとした。

 澤木は、登山ナイフの刃を左の掌で受け止めた…。

 ナイフを握る俺の手首を、右手で握る。締め上げられる。痺れてきて…俺は、ナイフを放した。
 だが、ナイフは落ちず…澤木の掌に刺さったままだった。

 俺を放し…澤木はその手を見る。
 俺は…殺気を失ってしまって、呆然としていた。
 何か、様子がおかしかった。澤木も、生気のないまま、ナイフが突き立った掌を眺めていた。
 それから、右手で、ナイフを引き抜いた。血が吹き出て、滴り落ちたが、澤木はあまり気にしていないようだった。

 殺られるか、と一瞬思ったが、澤木はそのまま、ナイフを俺に差し出す。

「まだ…刺してぇだろ?」

「…な…に?」

「やりたきゃ…やれよ…」

 俺は、しかたなくナイフを受け取り…畳んでポケットにしまった。

「一条を…助けてくれた、か?」

 澤木は、奇妙な狂ったような目つきで…囁いた。

「…無事か…?生きているか…?」

 また、頭に血がのぼる…

「てめぇがぁ!やったんだろうが!何言ってやがる!」

 また思いきり殴った。澤木は少しぐらつき…だが、やはり殴り返そうとはしなかった。

「…なぁ…教えてくれ…椿…
 一条は…大丈夫か…?」

「言うな!」

 俺が飛びかかると、澤木は後ろに倒れ、俺は馬乗りになって、殴りまくった。
 口の中が切れたらしく、血が飛んだ。ざまぁみろ…と、俺は思った。
 やがて…息が切れて、殴りやめた。

「なぜ…殴り、返さない…?」

 澤木が起き上がって、血混じりの唾を吐く。

「椿…あんまり効かねぇよ…」

「じゃあ、またナイフにしてやろうか…」

「…なぁ…教えてくれよ…一条は…無事か?助けてくれたんだろ?」

 また、澤木は訊いていた。どうしても応えを聞きたいようだった…。

「なぜ…気にするんだ?傷つけたくて、傷つけたんだろう?
 一条がどうなろうがかまわないから、投げ捨てて行ったんだろう?
 よってたかって…汚いことしやがって!!」

「俺…じゃない…俺は、したくなかった…
 なぁ…教えてくれ…無事、なのか?」

「この…馬鹿野郎が!教えるか!おまえなんかに!」

「あんなに…抵抗しなければ…大人しく殴られてくれれば…
 それで、済んだんだ…でも、先輩たちが…おさまりつかなくなっちまって…
 なぁ…教えてくれよ…椿…一条は…どうなんだ?」

 澤木は地面を這うようにして、俺に縋り付いてきた。
 俺は、嫌悪感に歯を食いしばって、飛び退いた。

「おまえが、させたくせに!何を言ってるんだ!」

 澤木はうずくまって、血が出ている掌で、頭を抱えた。

「あんな…教室で、あんな派手なことをしなければ…
 先輩たちにも知れることは…なかった…俺は、したくねぇのに…」

「それでも…やったんだろうが!」

「俺を見上げて…言っていた…止められないなら、やれ…澤木、やれ…
 一条は…もう、血だらけだった…俺は、勃たねぇ…
 でも、先輩が…やれ、と言って…」

「同じじゃねぇか!おまえもよ!」

 俺は、うずくまったままの澤木を蹴った。何度も。
 澤木は、俺に蹴られながら、ふいに奇妙な声で笑い出す。

「…ひっひっひ…でも、したかったのかもしれねぇな…
 あの…花を…傷つけて…ぼろぼろにしたかったのかも…な。」

 花?  俺は、蹴るのを止めた。ふいに、何か…わかってきた。

「…なぁ…教えてくれよ…無事なのか?」

 また…俺を縋るように見上げる。
 俺の怒りは消えていきつつあり、胸苦しさがとってかわってきていた。

「…ああ…病院にかつぎこんだ。無事だ。傷は…ひどそうだが…。」

 澤木の顔が歪んだ。血だらけの手で顔を覆って、澤木はうめく。

「ひでぇのか…ひでぇのか…うぅ…い、ちじょう…ひでぇのか…」

「おまえのことを、ずっとかばっていた。誰にも言うな、と。」

 澤木が、血と涙でめちゃくちゃになった顔で、呆然と俺を見上げる。そして…また、顔が歪む。

「…くそぉっっ」

 澤木は、傷ついていない右手で拳をつくり、何度も何度も地面を殴る。傷ついて…泥と血が混じる。

「澤木…一条に…惚れているのか…?」

 凄まじい面相の澤木は、俺を見て…また、笑い出す。

「…ひっひっひっひ…へへ…はははは…ひっ…ひっ…ひっ…」

 泣きながら、澤木は笑う。笑いながら、地面を打ちつけていた。

「…泣きながら、笑うのはよせ。
 自分を傷めるのもやめろ。
 そんなことをしても、おまえが一条にしたことに、変わりはない。」

 俺は、許す気はなかった。

「へへへ…椿…おまえもだろ?おめぇも、惚れているんだろ?」

 俺は、応えなかった。澤木の醜い顔を蹴ってやろうか…と思い、やめた。

「…やらせて、もらえよ、おめぇも。あいつは…頼めば、させてくれるぞ…。
 これっきりで、忘れてくれ…そう言って…自分で、脱ぐ…」

「…薫を…これ以上、汚すな…」

 俺は、歯を食いしばっていた。そんなことは…信じられない。
 だが…そうなのだろう、とも思った。
 自分は厄病神だ…と言った時の、薫の表情を思い出していた。

「薫…か…薫…薫…薫…俺の手ん中に…いたんだ…あん時は…
 高嶺の花…だよな…だけど、惚れちまった…どうしようもない…
 欲しいんだ…欲しい…あの、綺麗な、綺麗な…花が、よ…」

 澤木は、ぐちゃぐちゃになった自分の手を見ていた。

「狂っちまったんだ…俺は。
 あいつは…俺を小馬鹿にした目はしねぇ…怖がりもしねぇ…
 まっすぐに俺を見る…綺麗だ…俺は…たまんねぇようになって…
 どうしても…欲しい…他のことは、考えられなくなっちまって…
 でも…俺のもんにはならねぇ、と言った…
 すまない、澤木…と言って…どうして…どうして…あんなに…」

 澤木は、ぶつぶつしゃべり続ける。

「忘れ…られなかったのか…?」

「忘れる…どこじゃねぇ…忘れ…られるか、あんなもん…
 ぎりぎりになって…頼んだ…あいつは、させてくれた…だけど…
 もっと…俺は…狂った…一条…い、ち、じょう…」

 澤木は、また下品に笑い、俺を見上げる。

「俺…だけじゃねぇよ、椿。
 数学の坂田…あれも、そうだ。
 それから、2組の杉浦、5組の田中…三年にもいる。
 女でも何人か…かなりイカレちまってる。
 俺が知らねぇのもいるかもしれない。
 頼めば、一条は寝てくれる。だけど、誰のもんにもならねぇ。
 頼んでみろよ、椿…ひひ…させてくれるぞ。
 だが…それで、終りだ…終りだ…もっと、遠くなる…
 綺麗なまんま…汚れないまんま…遠くなる…」

 厄介を引き付けてしまう体質…このことか、薫…。

「だから…おまえのものにならないから…傷つけたのか?
 逆恨みじゃねぇか!」

「椿…おめぇも…狂えば、わかるさ…」

 俺はまたかっとして、殴ろうとしたが、澤木はうっとおしそうに後ろに倒れ、大の字に横たわった。

「一条には…もう、手出しはさせねぇ。
 きっちり、ナシはつけて、ぼこぼこにされてきた…。
 椿…安心しろ…もう…一条は、手出しされねぇ…。
 もう二度と、こんなのは…ごめんだ…。
 椿…俺は、大事にしたかったんだ…大事に大事にしてやりたかったんだ…それを…だから…俺は…もう、二度と、近寄らねぇ…ケジメは、つける。
 俺が番を張れば、あいつは、安全だ…。」

 澤木は横になったまま、手で顔を覆った。

「傷つけて…すまねぇ…俺は、もうあきらめると…伝えてくれ…」

 悲しい声だった。俺たちはしばらく動かなかった。

「…わかった…。澤木…帰って、手の手当てをしろよ。
 だけど…俺は謝らんからな。」

「ああ…いい。かえってあきらめがついた。」

「じゃあな…。」

 俺は、寝転がったままの澤木に背を向け、歩き出す。
 澤木の声が追って来た。

「椿…おめぇも、そのうちわかるぜ…」

「わかってたまるか!」

 俺は背を向けたまま、叫び返した。
 後ろで、うめき声のような号泣が聞こえた。

        ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「…それからはずっと、中国にいました。
 エネルギッシュでパワフルで、元気いっぱいですよ〜中国の人は。
 俺は、いろんな人に会って、いろんな笑顔をもらいました。
 でもね、一条さんが恋しい気持ちは、ずっとずっと…よけいひどくなって…
 もう、苦しいんですよ、喉が乾くみたいに…焼け焦げるみたいに…
 いろいろ思い出すと辛いのに…それでも思い出したくて…思い出すんです…
 幾晩も一緒に過ごしたこと…一緒に眠ったこと…最後の夜のこと…
 俺、あなたのことを…いつでもいつでも、とても好きでした…」

 目を開けると、五代の静かな声が聞こえてきた。
 長い回想をしながら、半ば眠っていたらしい…。

 そう…渇望は、だんだん強くなるものだ…。
 ますます恋しくなり、ますます乾き、ますます欲しくなる。
 澤木もそうだった。俺もそうだった。薫に惚れていた、誰もがそうだった。
 五代…おまえも、そうだろう。
 誰にとっても、ただひとつ見つけた美しいものだから…誰も手放せない。
 自分のものではないのに、手放せない。
 だが、五代…おまえは違うのに。おまえは薫に愛されているのに。
 幾つもの夜を共に過ごし、薫を抱いて眠り、愛していると言われていたのに。
 おまえは、手放そうとしていた、ただひとつの宝を。
 大馬鹿者…。

 俺は起き上がって、血圧と心拍を確認する。
 血圧は…僅かに上がってきている。心拍も確かなものになりつつある。
 だが…五代には、まだ言うまい。

「少し…手が暖かくなってきたような気がします。
 俺が、握っているからかな…。」

 真剣に問いかける五代に、俺は頷く。

「頑張れよ、馬鹿。」

「はい。」

 信じきった笑顔で返されてしまった。
 こいつは大馬鹿だが…俺はとても憎めない。
 薫は美しい。だが…五代もまた、ひどく美しい。美しく生きている。こいつには邪がない…闇がない。
 俺は、美しいものは憎めないのさ。

 薫の表情を見る。
 …まるで、五代の言葉が聞こえているような、安らかな寝顔になっていた。ほとんど、微笑んでいるようだ。
 何の夢を見ているんだ…姫君。
 五代に優しく抱かれて、まどろんでいるのか…。
 眠り姫…さっさと起きろよ…さっさと、起きてやれよ。
 おまえが死んだら、こいつはきっと立ち直れないぞ…。
 こいつの為に…さっさと、生き返れ。

 頼む。

 俺はまた簡易ベッドの薄い毛布に潜って、回想の中に滑り込む…。

        ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 俺は翌朝、伯父の病院に行った。
 薫はもう、起き上がっていた。
 俺を見て、嬉しそうに笑う。朝の光の中で。
 澤木が「花」だと言っていた。…光の中で、薫は花のように笑う。
 傷つけられ、汚されたのに、この花は強く…高く咲いている。

「椿…やっぱりサボったのか?」

 俺は肩をすくめてみせる。

「帰れそうなのか?」

「ああ、レントゲンも異常ないそうだ。
 一晩寝たら、全然楽になった。タクシーを使えば帰れるだろう。」

「…出血は…」

 今度は、薫が肩をすくめる。

「今は、止まっている。」

 だが糞をする度に、とはもう言うなよ…と、俺は身構えたが、さすがに薫は言わなかった。

「薫…」

 なに?と振り向いた表情が、無防備だった。

「澤木から、伝言がある…。」

 すっと冷たい表情になる。口数は少ないが、頭の回転は速い男だ。

「傷つけてすまない、俺はもうあきらめる…と、言っていた。」

 薫は、少し黙っていた。

「会ったのか?いつ?」

「昨晩だ。」

「椿…」

 俺の顔を見回す。怪我はないか、と探っているのがわかった。

「話しただけだよ、薫。お互いに少し、手を傷めたがな。」

 俺は、笑いとばしてやった。薫は気に入らない表情で俺を睨む。
 それから、ため息をついた。

「俺の話を…したんだな?」

「ああ…厄病神、という意味がわかった…」

 はっきり言ってやったほうがいい、と思った。
 薫は…またしばらく黙り…もう一度、深くため息をついた。

「モテる…と言えば、聞こえがいいが…
 俺はその気はないのに、そうなってしまうんだ…
 子供の頃から…こうだった…」

 小さな声だった。俺に聞かせたくはなかったのだろう。

 誘っているわけでもないのに…惚れられてしまう…それも、激しく。
 それが、薫の背負っている重荷だった。
 だから…あんなに他人との関わりを浅く、薄くしていたのか…。

「俺に、近寄るな、というのもそういうことか?」

 薫は俺を見て頷き、それから笑った。

「だが、椿は違う。そうだろう?」

 だから、嬉しい…と、薫の瞳は言っている。
 おそらく友人の少ないままで生きてきたのだろう…薫は、俺の存在を喜んでいた。
 だが…どうなのだろう…俺、は。
 澤木の最後の言葉が甦る。

 椿…おめぇも、そのうちわかるぜ…

「俺は、男を抱く趣味はない。俺は、女が好きだ。」

 とりあえず、こう言っておこう…と思う。
 この友情を壊してまで、薫を性愛の対象にしたいのか…俺には、まだよくわからなかった。
 この美しい男のそばにいたい…この命が愛しい…それは、確かなことだが。
 今、これ以上、薫を傷つけたくはない。

 俺の断言に、薫は楽しそうに笑って頷いた。

「薫…。頼まれたら寝る…というのは、本当なのか?」

 笑ったところで、酷な質問をしてしまった。笑顔は…消えた。
 冷たい表情で、俺の目を探って頷く。

「ああ…」

 非難するならしろ…と、瞳が言う。頑固な男だ。

「なぜ…そんなことをするんだ?セックスが好きなのか?」

 俺はどんどん露骨に訊く。気が短いし…妙な思い遣りは、この際邪魔だ。どうせ薫も、直線の言葉でしか応えない。俺も直球を投げてやる…と思う。

「いや…。むしろ苦痛だ。だが…」

 薫は、冷たいままの顔を伏せる。俺は、待つ。

「…拒むばかりだと、なにか…ますます狂わせるようなんだ。
 そして、強姦されたり…自殺したり…してしまう。」

「強姦…?自殺…?」

 薫は俺を見て…頷く。瞳が冷たく…暗く翳る。

「ひでぇな…それは…。」

 俺は…こんなことしか言えなかった。
 一年の時、同学年の女生徒が一人自殺したことを思い出した。学校の屋上から飛び下りた。ひどい騒ぎだった。あれも、もしや…と思ったが、俺は追求しなかった。
 ただ…そんな目に会い続けて、よくこの男は狂わずにいる…と思う。

「俺が…何か、いけないのかもしれない…。」

「それは…違うぞ。」

 俺は、首を振った。
 薫は何も悪くない。悪いとすれば…美し過ぎることだ。容姿も…心も…美しい。人を惑わし、狂わせる。

 そうか…それと、もうひとつ。

「薫…おまえはどうなんだ?」

「俺が…なにを?」

 いつもの癖で、首を傾げた。やはり…美しくて…素直な表情ごと、愛しくなる。
 ヤバい…俺も、とっくに重症なのかもしれない。だが…今は、いけない。

「誰かを…男でも女でもいいから、好きにならなかったのか?
 今、好きな相手はいないのか?
 特定の相手ができれば…周りもあきらめるんじゃないか、と思うんだが。」

 一瞬…薫は、途方に暮れたような顔をしていた。

「俺は…愛は、よくわからない…。
 俺は…他人に執着する気持ちが、わからない…。
 俺には、自分があるだけだ…。」

「そう…か。」

 一条薫の心は、閉じてしまっている。固く、凍ってしまっている。
 この美しく、優しい男の中にも、愛と激情はあるだろうに…ない筈がないのに…。
 傷つけられ過ぎて、傷つけることを怖れ過ぎて、誰に注がれることもなく、薫の感情は封じられてしまっていた。
 そして、高く高く…ただひたすら薫は己を求め、ただ一人、天空に輝こうとする。
 誰も求めない。誰にも望まない。ただ一人だけで、薫は完成を目指す。冷たく、寂しく、悲しく、美しい頂きを求めて、駆け昇っていく。
 その姿は、また人を惹き付け、人を焦がれさせる。不幸は…繰り返される。

 誰かを…愛してくれないか、薫?
 その心を…開いてくれないか?
 氷を溶かす者はいないのか?

 痛々しく、そしてやはり美しいと思い…俺は、願っていた。

 俺を…愛してくれないか?
 俺に…心をくれないか?
 俺が…溶かしてもいいか?

 澤木と同じ地獄に堕ちると知りながら…俺は、堕ちかけていた…。

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