『終章:明日』 -4


         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 目が覚めても、俺の腕の中には一条さんがいた。
 カーテン越しにぼんやりした光が射して、俺に抱かれて穏やかに眠る一条さんが見える。

 俺の腕の中で、あなたが眠っている…。
 それだけが…こんな単純なことだけが、俺の幸福だった。
 痺れるように、酔いしれるように、今、幸福だ…と、俺は思う。
 とても単純なこと…でも、とても難しく、とても遠かった。
 あなたから遠く遠く離れ、どれだけ俺は焦がれただろう…。
 平和な一日の朝、俺の腕の中で、あなたが眠っている…ただこれだけの、単純なことに。

 一条さんは、頭を俺に預け、悪いほうの左手も軽く俺の腕にかけて、ぐっすり眠っていた。
 今は広いベッドなのに、俺にぴったり寄り添って、安心しきって眠っていた。
 腕の中の恋人の寝顔を、俺は飽きずに見つめる…。
 見つめているうちに、また眠くなってきて、いつか俺も目を閉じてしまう…。

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 もう一度、目を覚ますと、今度は一条さんが俺を見ていた。

「…起きてた、の?」

「おまえの…寝顔を、見ていた…。」

 俺たちは微笑み合って、手を伸ばし合う。互いの頭を抱えて、引き寄せ合って、唇を合わせる。
 一条さんが俺を抱く手は力強い。いきなり舌を入れて、からめてくる。俺の腰に硬く猛った一条さんが当たる。すぐに喘ぎのような息遣いになっていく。

 …俺の我慢も、もう限界だった。

「…一条さん…抱いて、いい?
 欲しくて…狂いそう…」

 唇の離れた合間に、かすれ声で囁く。

「…俺も…狂いそうだ…
 雄介…抱いて…」

 一条さんの声も苦しそうだった…。

 俺たちは性急にお互いのパジャマのボタンを外し合い、むしり取るように脱がし合った。
 左腕だけは気をつけていたのだけれど、一条さんが急かした。

「雄介…大丈夫だから…はやく…。」

 毛布の下で、パジャマズボンも下着も蹴り合うようにして脱がし合い、ようやく俺たちは全裸で抱き合う。
 暖かい肌を隙間なく重ねて、抱きしめ合った。

「ああ…やっと…!」

「うん…ああ…おまえの肌だ…」

「…ああ…気持ちいい…一条さん…好き…」

「…雄介…雄介…ようやく…」

 抱き合い、擦り合って、うわ言のような呟きが続く。
 髪も腕も頬も足もからめ合って、ベッドの上を転げ回る。互いの肌の感触をむさぼり合う。

 ようやく少し落ち着いた頃、一条さんの脇に両肘をついて起き上がり、俺は目を合わせる。

「…胸、痛くないですか?」

 一条さんは少し笑って首を振る。

「…大丈夫、らしい…もう、治った…」

 朝の光の中で、咲き始めた花のようだった。俺の腕の中で、あでやかに咲き誇るのを待っている…。

「一条さん…俺の一条さん…綺麗…」

 一条さんがうっとり笑う。

「全部…おまえのだよ…雄介…食べて…
 生きて…また抱いてくれる、と言ったとおりに…」

「はい…」

 応える俺の笑顔を見て、一条さんは急にまた、俺を抱きしめた。
 何もしていないのに、苦しそうにうめく。

「ああ…本当に、おまえといる…これだけで、いきそうだ…」

 俺は髪を撫でて宥める。

「駄目ですよ…俺、ゆっくり食べるつもりですから。
 ああ…でも、俺も、無理かな…。」

 欲情だらけの目で見つめ合いながら、くちづけて、俺は一条さんを食べ始める。
 すべてにくちづけて、舐めて、噛んで、触れ尽くしたかった。
 顔中に接吻して、唇で辿り尽くし、形のいい顎を噛む。伸ばされた首筋を狙う。軽く吸って叫び声を上げさせたところで、舐め上げて耳に移動した。髪に指を差し込んで掴み、押さえ付けて、耳朶を噛む。跳ね上がる身体を掴んで、耳の中に舌を入れてなぶり、犯し尽くす。
 昔と同じ手順の、慣れた愛撫に、一条さんはあっけなく崩れていく。

「ああ!あ…ゆ、うすけ…」

 前は、あなたは「五代…」と呼んで崩れた。
 俺の呼び名だけが変わり、それだけ俺たちは近く近く満たされて、あなたは一層歓喜する。
 腕の中の身体は、俺を待ちわびていた。唇と舌と指で触れていく肌が吸いついてくる。いい匂いがする。
 俺もすぐに夢中になってしまう。
 どれだけ、どれだけ…あなたを抱きたかったか…。
 どれだけ、この身体に焦がれ、求め続けてきたのか…。

 一条さんが叫び声を殺そうとして、手を噛んだ。

「だめ…かまないで…」

 俺は優しく、口から手をはずして自分の口に入れる。指の一本ずつを舐めしゃぶった。

「いや…ゆう、すけ…やめ…」

「噛まないで、一条さん…噛むんなら、縛りますよ…」

 一条さんは、一瞬狂ったような目で俺を見た。その目で俺も狂いそうだ。

「…かまない、から…しばら、ないで…」

 縛られたいの?一条さん…?
 以前にはなかった媚びも含んで、美しい恋人が腕の中で喘ぐ。
 あなたを抱いて…他の人なんか…俺はもう抱けない…。抱けるわけがない…。

「縛りませんから…噛まないで…」

「だって…声が出る…」

「もっと…聞かせて…俺、好きですよ…」

 そう言って、両手首を掴み、抑えてつけて、綺麗な鎖骨に歯を立てる。

「ああっ!!」

 もう、どこもかしこも敏感になっているんでしょう?
 感じすぎて、一条さんは震え始めていた。どこに触れても、苦しそうに悶える。
 …ここも?
 俺は、ゆっくり胸の傷を舐めた。
 俺のつけた傷だ…俺の為に刻まれてしまった傷…俺の傷だ。愛しかった。

「う…ん…いや…」

 一条さんは、もどかしそうに、ゆるく首を振る。
 傷は、僅かに窪み、引き攣っている。

「ゆうすけ…そこは…変だ…ああ…」

「…よくない?」

「…いい…わからない…ああ…やめろ…」

 たぶん、いいのだろう…と、俺は思う。
 でも、あまり焦らさずに両胸の小さな突起に移動した。

(そこは…また、だんだんに馴らしてあげますからね。)

 可愛い色付きをなぶっておいて、硬くなったところを噛む。

「ああっ!!ゆう、すけ…そこも、いや…」

 この場合は、良いということ。

「手、離しますけど…噛まないで。」

 抑えていた手を離し、腹を撫で降ろす。
 叫んで仰け反って浮き上がる肋骨に歯を立てながら移動して、臍に舌を入れる。
 顎に、先を濡らした昂りが当たった。可愛いので、思わず先端を舐めてしまった。
 腕の中の身体が悲鳴をあげて、よじれる。

(ああ…駄目だ…少し、落ち着いて…落ち着かせないと…。)

 あまり暴れると、やはり傷に触りそうで、心配になる。
 俺は、顔の見える位置まで上がって、頭を抱き取る。乱れてしまった髪を丁寧に掻き上げて、キスした。
 唇が震えながら、くちづけを返してくる。やっと開いて俺を見る瞳は、少し脅えているようだった。

「どうしました?…こわい…?」

 震えながら、笑う。

「感じ…すぎて…。俺は、変だ…。」

「久しぶり、だから…俺も、変、です…。」

 また…一条さんは、処女のようだった。最初の頃を、思い出す。
 もっと、優しくゆっくり進めてあげたい、と思う。
 でも、どうしようもなく飢えていて、俺には余裕がない。欲しくて欲しくて、俺も震える…。

「ごめん…俺、欲しくて…ゆっくり、できない…」

「急いで…俺も…欲しい…」

 空いた手を下に伸ばして、昂りを緩く握った。
 苦しそうに眉を寄せた一条さんが俺に縋って来る。喘いで昇りたがるのを、抱いて鎮める。

「…一度、いきたい…?」

 俺の肩に伏せて震えながら、首を振る。

「…いやだ。おまえが、欲しい…入れて…」

「はい…。」

 昂りから離れた手で柔らかく袋を揉んで、後ろに達した。一条さんは膝を立て、触れやすくしてくれた。

「一条さん…」

 蕾に触れながら呼ぶと、目を開ける。焦点が合っていない。
 唇が開いて、なにか一心な表情で、震えながら感覚を追っているのが、たまらなく淫らだった。

「俺…うっかりしてたんですけど…潤滑剤なんて…ないですよね?」

 一条さんはうっすら笑った。

「…ヘッドボードの…引き出しに…新しいのがある…
 買っておいた…」

 準備がいい一条さん…
 ベッドを替えて、こんなものを買って…
 ずっと…俺を待っていた…。

 チューブはまだ箱に入っていて…まるっきり手をつけた形跡はなかった。
 俺はチューブを取り出して、また下にさがった。
 膝を抱え上げておいて、蕾を舌でほぐしていく。片手で前を握り込んでゆっくり追う。
 一条さんは一度叫んだきりで…ようやく溶けかける。
 襞を掻き分けて舌を差し込むと、ゆるく喘ぐ…時々、急に窄まる。
 指に潤滑剤を取った。口は昂りのほうに移動して、一条さんをくわえ込む。
 回りを充分濡らしておいてから、ゆっくり指を挿していった。
 きつい…一条さんの身体は、元のように固く閉じてしまっている。

「あああっ!!」

 叫ぶと、また急に締まってしまう。顔を見ながら、宥めながらのほうがいいかもしれなかった…。
 指はそのままにしておいて、俺は起き上がった。

 …急に全身が見たくなった。
 ベッドの上で胡座になり、膝の上で大きく脚を開かせて、ゆっくり指を進める。

「…よく、見えますよ…俺の指を飲み込んでいるところ…」

 かすれ声で煽る。喘ぎながら恨む目がいい…。ぐっと締まってまた緩む。
 身体を開き、俺の指を呑んで悶える肢体を見ていると、目が眩みそうだった。  一度抜きかけて、強く深く挿した。

「ああっゆうす、け!」

 一条さんがまた仰け反って叫ぶ。

(いけない…俺のほうが…)

 暴走しそうになって、堪えた。

(落ち着け…傷つけて、しまう…)

 俺も横になり、また頭を抱き込む。一条さんは、肌を寄せているほうが喜んで昇りやすい。
 乾きかけた唇を舐めると、舌を出してねだってくる。深くくちづけて、唾液を注ぎながら、指は更に進め、スポットを探った。覚えている場所で指を少し曲げると、衝撃があったように一条さんの身体が一瞬跳ね上がり、見つめている目が揺らいだ。

「ああ…あ…ゆうすけ…ゆう、すけ…」

 抱き付いてくるのを抱き止める。腕の中で身体の強張りが溶けていく。声も蕩け出していた。蕾は急に緩みだし、からみつくようになってくる。

「一条さん…いい?」

「…知っている、くせに…」

 喘ぎながら、言い返してくる。

「知ってるけど…言って…」

「う…言う、と…よけい…」

「言って…。いいの?」

 この身体は、感情に反応する。俺を愛していなければ、決して開かない。
 いい、と思えば、一層よがる…そんな身体だった。
 俺は知っていたのに、疑って手放しかけていた。俺は、愚かだった。
 もう一度…開いてあげる。もう一度、俺で埋め尽くす。そして…もう二度と離さない。

「ちくしょう…ああ、そうだ…いい…いい…ああ、いい…ゆう、すけ…」

 いい、と叫び出したら、急に乱れてしまった。
 足をからめて、俺にこすりつけながら、全身で縋ってくる。蕾はまだ固かったけれど、身体は快感を覚えている。ここから先は、早い…筈。俺はポイントを中心に、更に広げる。

「ああ…ゆうすけ…もう…して…して…」

「だめ、ですよ…まだ…」

「だって…いってしまう…ああ……して…して…ゆう、すけ…して…」

 俺は果てもなく耐えていた。
 以前よりも一層華やかな姿だった。長く求め、望んでいた以上のものだった。俺を待ち続けてくれた身体は、触れて、煽るままに素直に喜び、乱れ、崩れ、淫らに堕ちていく。甘く媚びて縋る声に、脳味噌が痺れて目が霞んでしまう。俺だからこんなに、と思うと、可愛くて愛しくて、俺も泣き叫んでしまいそうだった。

(駄目だ…こんなの、耐えられない…。)

 それでも、まだ蕾はほぐれきっていなかった。無理に犯すことは絶対したくなかった。

「ああ…いく…!」

 一条さんが俺にこすりつけてきて、昂りが擦れ合い、俺は突然、堪えきれなくなった。

「だめ…いち、じょうさん…」

 思わず、強く抱き寄せた瞬間、精が漏れ出してしまうのを感じる。止めようと食いしばる歯と拮抗して苦しい。一条さんも俺の指を喰い締め、溢れさせていた。

「ゆ、うすけ…だ、から…して…と…」

 堕ちるのと翔ぶのを同時に味わっているような顔をして、一条さんがうめく。

「あぁ…ぅ…」

 俺も頭を反らしてうめいていた。止めたいのに、止められない…。
 強く抱きしめて、一条さんの腹に擦りつけた。耐えようとしたぶん、絶頂は高かった。

「ああ…あああぁ…」

 一条さんが喘ぎ、俺も悶えて、叫ぶ。
 快感が波のように繰り返し襲ってくる…とうとう、堪えられずに、総てを放った。

 一条さんの肩に、逆に縋るようにして、俺は息をはずませながら、目を開けた。
 一条さんが俺を見ていた。

「雄介…まだ何もしてないのに…」

 余韻を含んで、笑っていた。額に軽くくちづけてくれた。

「…俺、溜まっていたんでしょうか〜」

「俺も、かな…。
 ああ…ひどいな、これは…。」

 密着している二人の腹の辺りが、ぐちゃぐちゃになっている。
 それでも、俺の指はまだしつこく一条さんの中に入っていた。

「…どうします?」

「…どうしようか…」

 目を見交わして、俺たちは笑っていた。
 今日は一日、一緒にいられるから…俺たちは、この情けない結末をのんびり笑っていた。

「…これは?」

 深く挿したままの指を僅かに動かすと、笑いながら、仰け反って喘いだ。

「よせ…」

「せっかく…いい感じだったのにな〜〜」

「だから…さっさと入れてしまえばいいのに。」

「そんなこと、できませんって。
 最初の時みたいなこと、したくないんですよ、俺…。」

 一条さんは笑い、感謝の手を伸ばして俺の髪を撫でた。撫でながら、感触にまた喘いで、また笑う。

「…とにかく…抜いてくれ…シャワーと飯にしよう。
 今日は、一日中だって、ベッドにいればいい…」

「はい…」

 未練を残して、俺は指を引く。
 目を閉じて眉を寄せ、抜かれる感触に耐える一条さんを見ていると、また兆しそうになった。

「一条さん、俺の淫乱魔人…復活しちゃったかもしれませんけど〜」

 一条さんは、目を開け、面白そうに俺を見る。

「雄介…俺は、いつでも歓迎していたんだよ…。」

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